聖書のいのちの木と善悪の木の正体

 


いのちの木の実を食べると永遠に生きて(創3:22参照)、善悪の木の実を食べると死ぬ(創2:17)と言われた。新しい契約の啓示録にはいのちの木と善悪の木が登場している。知っているのか?

時代ごとに神様の審判の働きがあったのは、その時代が腐敗したからであった。新しい契約である啓示録の事件もそうである。これはノアの時の事件と同じである。ノアの時の事件を知っているのか?今は物質万能の時代となり、人々の心と信仰があまりにも安逸である。啓示録の事件は一度成就すればそれで終わりである。その後、もう成就することはない。だから今は礼服とともしびと油を準備する時である。

イエス様は啓示録を加除すると天国に入れず、呪い(災害)を受けると言われた(啓22:18-19)。よって啓示録に精通する新天地が、改新教を見る時は残念である。改新教が安逸なのは、今の時を知らないからである。時を知らないのは、ノアの時のことを正しく知らないからだと思われる。ノアの時はアダムの世界が洪水で滅ぼされてなくなり、ノアの世界だけが残った。今日もノアの時、アダムの世界のように滅ぼされることがあるが、啓示録の時の審判はノアの時のように水で審判するのではなく、火で審判すると言われた。水であれ火であれ審判されることがあるのは同じである。新約聖書で「世の終わりだ、滅ぼされる」と言われたのは、宗教(キリスト教)世界の滅亡の事を言われたものであり、ノアの時は洪水で、啓示録の時は火で審判されると言われた。火の審判は啓18章の内容である。

滅亡の時と審判に関する神様の約束(預言)について、不信仰人は聖書を見ていないから分からないのであり、信仰人は聖書を持っているが関心がないのでよく知らない。いのちの木は裁かれないが、善悪の木は裁かれてなくなる。

神様の本である聖書の意味を悟った人は審判を免れ、救われるが、神様の約束の意味と救いの場所を知らない人は滅びるだろう。いのちの木は神様の所属であり、善悪の木は滅亡者の所属である。この二つの木は2種類の人である。自分はどの所属であるかを知り、いのちの木である新天地と一つになろう。

啓21章には、以前の天と以前の地がなくなり、新しい天と新しい地(新天地)が創造されると言われた。啓示録の成就の時に救われる者は、印を押された12枝派だけであり、この12枝派は新天地である。 アーメン。

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