新天地イエス教あかしの幕屋聖殿(略称、新天地)12枝派は、啓6章の背教した選民の審判の後、啓7章と14章のように、創造された。彼らは、竜の群れと戦って勝利した者たちで(啓12章)、啓示録の事件を現場で見て聞いたので、これをあかしする事ができるので、彼らがいる所をあかしの幕屋聖殿と言う(啓15章)。新天地12枝派は、啓示録に精通する。しかし、改新教と天主教は、啓示録全章を加減した。加減すれば、天国に入る事ができず、のろい(災害)を受けると言われた(啓22:18-19参考)。
啓示録の約束の牧者は、啓1章で、イエス様に選ばれて、指示に従って啓2-3章の七人の使者に悔い改めなさいという手紙を送った者であり、啓示録全章の事件を全て見て聞いてあかしする者であり(啓22:8,16)、啓10章の開かれた本を受けて食べた者である。ところが、なぜ、イエス様が遣わされた約束の牧者を信じないのか?これでも改新教の牧者たちが、「信仰人だ、牧師だ、神学博士だ」と言えるだろうか?もうすぐ神様の審判が始まるだろう。この時にも審判者たちの前で、偽りの言葉が通じるだろうか?今でも悔い改めて、御言葉の中に入る事が賢明だろう。
新しい天と新しい地(啓21章)、新天地は、啓示録が成し遂げられる時、創造された12枝派である。啓示録の成就の時は、この12枝派だけが救われるようになる。それゆえ、啓示録の成就の時、すなわち、再臨の時をノアの時のようだと言われた。新天地は、啓示録の成就の事件の、見て聞いた事を全世界のキリスト教徒たちに知らせた。これを聞かなかったと言えないだろう。御言葉集会の時、私は、牧師たちに「牧師様は、どの枝派ですか?」と尋ねた。しかし、誰も答えられなかった。
ルカ13章に見たところ、弟子たちがイエス様に、「救われる者が少ないですか?」と尋ねた。イエス様は、「努力して狭い門から入りなさい。」と言われ、「戸が閉じられる時があり、入ろうとしても、入れなくなる人が多いのです。」と言われた。誰でも啓示録の12枝派に入れなければ、救われない。この12枝派に所属(登録)される事が、新しい契約履行である。悪口が上手で、うそが上手な牧師たちは、救われない。イエス様の新しい契約、啓示録を信じて行なう者は天国に、信じない者は地獄に入る。改新教の牧師たちが聖書を信じて悟ったならば、新天地に走って来ただろう。啓示録は、冗談ではない。啓示録通り加減なく成し遂げられている。

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