神様とイエス様の御心「新しい契約」


啓21章に見たところ、イエス様も、その12弟子たちも生きている。12弟子は、新しいエルサレムの都の土台石となって、宝石となって生きている。イエス様は、ヨハ11章で、イエス様の御言葉を信じるならば、死んでも生きて、生きて信じるならば、永遠に死を味わう事はない(死なない)と言われたし、その弟子たちは、これを信じると言った。そして、イエス様は、死んだナザロを生かされた。

イエス様は、パトモス島に島流しになっている弟子ヨハネに、将来に成し遂げる事を見せて下さって、ヨハネは、これを記録した。これがヨハネの啓示録である。啓示録22章には、毎月、十二種の実を結ぶいのちの木があり、この本、啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろい(災害)を受けると言われた。

今日、地上のキリスト教徒たちは、啓示録を加減しなかったのか?新天地が見る時、改新教と天主教は、みんな加減した。それにもかかわらず、彼らは、自分の教徒でなければ、無条件、異端だと言った。今は、聖書で牧師の資格試験をして、合格した者だけ、牧師として立てなければならないだろう。そうしてこそ、聖徒たちが牧師からきちんと学んで、救われるようになるだろう。今日の牧師たちは、にせものの偽りの牧師たちが大多数である。世の国は、政治をわかる者が治めて、宗教の世界は、経書に精通する者が牧師になって、神様の御心通り治めなければならないだろう。

改新教たちが異端だと言う新天地は、啓示録通りはんこを押したように創設されて、啓示録が約束した12枝派を成し遂げて、啓示録に精通した。アーメン。しかし、新天地を異端と言う改新教の牧師たちは、啓示録をみんな加減した。では、誰が正統であり、誰が異端であり、誰が天国に行って、誰が地獄に行くだろうか?今の牧師たちは、初臨の時、イエス様を迫害したエルサレムの牧師たちと同じと言えるだろう(ヨハ8章参考)。

それほどに優れたふり、聖なるふりをする牧師たちと、彼らが異端と言った新天地が共に啓示録で試験をして見たら、誰がまことの正統であり、誰がまことの異端なのか、わかるだろう。今日の牧師たちは、無知な嘘つき、異端博士である。しかし、新天地は、歩く新約の啓示録の本である。アーメン。

神様とイエス様の御心である新しい契約、啓示録の約束通り、啓示録を加減しないで、精通してこそ、天国に入る事ができる(啓22:18-19参考)。 

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