啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろい(災害)を受けると、啓22章に記録されている。カトリックとプロテスタントは、新約の啓示録を加減しなかったのか?嘘をつけば、神様に戒めを受けるだろう。
「カトリックとプロテスタントの神学博士たちと牧者たちよ、約束された審判の時が近づいています。新約聖書の四福音書には、主の再臨の時をノアの時、ロトの時と同じだと言われました(ルカ17:26-30)。ノアの時、ロトの時に審判があったことをよくご存じですよね? イエス様は新約聖書の啓示録を加減せず、精通し信じなさいと仰いました。新天地に異端だと言ったカトリックとプロテスタントの牧者の皆さん、審判のその日が早く来れば本当に良いでしょう? 皆さんが異端だと言った新天地が審判を受けると思っているでしょうから。しかし、新約の啓示録に精通する新天地は、むしろカトリックとプロテスタントのことが心配です。啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろいを受けると記されているので、審判の時には啓示録全章の試験があるようです。ところが、啓示録に無知なカトリックとプロテスタントの牧者たちが、ロトの時やノアの時のように天国の門前で脱落したら、どうするのですか?」
新約の啓示録が語った異端と正統はどのようなものか?
新天地に異端だと言ったカトリックとプロテスタントの牧者たちと、その教徒たちは、本当に新約の啓示録を加減しなかったのか?啓示録の成就の時には審判があることになる。この時、審判台の前では、嘘をつくことはできないだろう。私たち新天地が見る時、カトリックとプロテスタントの神学博士たちも牧師たちも、その教徒たちも、一様に皆、新約の啓示録を加減した。では、啓示録を加減した者たちは天国に入るのだろうか、それとも地獄の火の中に入るのだろうか?彼らは聖書の約束どおり天国に入れず、のろいを受けるだろう。ならば誰が異端で、誰が正統なのか?啓示録を加減したカトリックとプロテスタントが異端であり、啓示録に精通する新天地12枝派が正統である。
天国を望む信仰人なら、「私は新約の啓示録が語る誰なのか」を自ら確認してみなければならない。
「私はまことに新約の啓示録どおりに創造されたのか? 私は啓示録を加減せず精通しているのか? 私は啓示録の約束を信じて守り、新天地12枝派に登録されたのか?」新約聖書の啓示録に照らし合わせて、自分自身を省みよ。

コメント
コメントを投稿