啓示録に見たところ、啓6章には神様の選民が背教し審判され、啓6章の事の後、啓7章から印を押された12枝派が創造された(啓21:1参考)。それゆえ、啓示録の成就の時である今は宗教の末世であり、神様の新しい国の再創造の時である。啓7章の約束の新しい国に登録されたのか?
啓14章に見ると、啓7章の印を押された12枝派144,000がいる所(シオン山、新天地)に神様の御座が来ている。そして、啓22章に見たところ、神様と小羊の御座があり、その御座から流れ出るいのちの水の川の両岸に、毎月、十二種の実を結ぶいのちの木がある。この木を見たのか?この木が何なのか、わかるのか?毎月、十二種の実を結ぶいのちの木は、新天地12枝派であり、ここに神様の御座が共におられるので、ここが天国である事がわかるだろう。新約聖書の至る所には、天国と地獄について記録されている。記録された天国と地獄を知っているのか?
新約の啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろい(災害)を受けると言われた(啓22章)。では啓22章の約束通り、この書、啓示録を加減せず精通してこそ、天国に入るだろう。伝統教会(プロテスタントとカトリック)の神学博士たちと牧者たちは、この書、啓示録を加減しなかったのか?彼らは、皆一様に啓示録を加減した。では、彼らが天国に入るだろうか?プロテスタントとカトリックは、もう聖書も信じないのか?しかし、新天地は新約の啓示録の預言の真の意味と、その実状(実体たち)までも精通する。
その昔、初臨の時のエルサレムの牧者たちが、旧約に精通したイエス様に異端と言ったが、主の再臨の時である今日も、伝統教会の牧者たちが、新約の啓示録に精通する約束の牧者と新天地に、また異端だと言った。新天地とプロテスタント・カトリックのうち、誰が異端なのか、公開聖書試験をしてみればわかるだろう。それゆえ新天地が、プロテスタントとカトリックの牧者たちに「啓示録の基準で公開試験をして、異端と正統を区分しよう」と何度も提案したが、今まで一人も公開聖書試験に応じなかった。彼らは新約の啓示録に無知で、試験に勝利する自信がないのである。では誰が勝利したのか?新天地が真理、すなわち啓示の御言葉で勝利した。そして誰が異端であり誰が正統なのかは、聖書が答えてくれるだろう。
啓示録を加減した牧者たちとその教徒たちは、神様と新約聖書の約束を守れなかったので、約束された通り天国に入れない。これは啓22章の約束である。宗教の末世であり、再創造の時である今日、新天地は新約の啓示録通り創造された12枝派であり、老若男女、誰でもみんな新約の啓示録を、その実体たちまでも精通する真の正統である。これは確認してみればわかるだろう。アーメン。

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