ノアの時、ロトの時と同じ主の再臨の時

 


ノアの時は水で審判する時であり、主の再臨の時は火で審判する時である(啓18章参考)。ノアの洪水の時は、わずかノアの八人の家族だけ生き残った。主の再臨の時の審判では、何人が生き残るだろうか?(啓20:4、啓12:7-11、啓15:2-3、啓7章参考) 四福音書には、新約の啓示録の成就の時である主の再臨の時にも、ノアの時、ロトの時と同じ事(審判)がある事を暗示した(マタ24:37-39、ルカ17:26-30参考)。そして、啓示録を加減した者たちは、審判される準備ができたのか?啓22章の審判!啓22章には新約の啓示録を加減すれば天国に入れず、のろい(災害)を受けると言われた。では、この御言葉を守って啓示録を加減せず、精通してこそ救いに至るだろう。 聖書で見たところ、この世には神様の神と悪魔の神、二種類の神がいる事がわかる。この二種類の神は、互いが敵である。それゆえ一つの家族の中に、二種類の神が共にいれば、互いに迫害と戦争をするようになる。 イエス様は隣人を自分の体のように愛し、また敵をも愛しなさいと言われた(マタ22:39、マタ5:34-44)。しかし、ある日、家族の中の一人がイエス様を信じる事で、この時から互いが敵になり、紛争が起こるようになった。これは家族たちに一緒にいる神が、互いに違うためである。すなわち、家族たちとは違う一つの神が、家族の中の一人に入る事で、互いの思想と教理と主張が違ったからである。神様の約束の御言葉には、神様の神が共におられ(ヨハ1:1-5参考)、悪魔の言葉の中には、悪魔の神が共にいた。新約の啓示録に精通できない者は、神様の神が共におられないからである(マタ13章参考)。 主の再臨の時は、ノアの時、ロトの時のように審判が行われることになる。そして、啓示録を加減すれば天国に入れず、のろいを受けると言われた(啓22章)。キリスト教の信仰者の皆さんは、啓示録を加減しなかったのか?新天地は新約の啓示録全章のまことの意味と、その実体までも精通する。それゆえ新天地は、天国に入るようになる。アーメン。

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