啓示録を加減すれば、天国に入れず、呪い(災害)を受けると、啓22章でおっしゃった。しかし今日、啓7章で印を押されて創造された新天地以外は皆、加減した。では、加減した者たちは、約束通り天国に入れないだろう。事実がこうであるにもかかわらず、伝統教会(カトリックとプロテスタント)の牧者たちは、皆一様に、自分の聖徒たちに「啓示録がわからなくても神様とイエス様を信じさえすれば、天国に入る」と欺いている。これが、今日の地上の牧者たちの信仰の現実ではないのか?これは、事実である。
私は家が貧しく、この世の学問をほとんど学んだ事がなく、わかる事は農業だけであった。我が国(韓国)の同族相戦の悲劇である6.25戦争の時には、第7師団の戦闘兵として参戦し、最前線の第一線で戦うようになった。何の準備もなく、戦争を迎えた我が国(韓国)は、一気に大邱まで押し込まれ、占領された。この時、国連軍が参戦し私たちを助け、ソウルが奪還された。最前線の戦闘兵として参戦した当時、私が4日間も飢えて、ほとんど死にそうになり草むらに倒れていた時、国連軍に発見されて後送され、除隊することになった。除隊後、私は農業をしたが、残酷な戦争から生きて出て来た事が感謝で、夜ごとに天の神様に感謝の祈りをささげた。ある日、祈っている時、真昼よりもさらに明るい光が、3日間夜、私にやって来た。それで、白紙の紙を一枚持って山上に上って行って、私の血を出して「このいのち尽きる時まで神様の働きをします」と神様に約束し、信仰をするようになった。これが、私が信仰をするようになった契機であった。私の血で神様にしたこの約束は、いのちを捧げて守らなければならない。
この後、私はイエス様に選ばれて(啓1章)、イエス様が、新約啓示録を成し遂げる時、そばで啓示録全章の事件を全て見て、この世が知り得なかった啓示録の実状を知るようになった。そしてイエス様が、私が受けて食べた本(開かれた啓示録の本)の真の意味と、また、私が見て聞いた啓示録全章の事件の実状(実体たち)を全世界に知らせなさいと言われたので(啓10章、啓22:8,16)、地球村を32回も回りながら、啓示の御言葉を伝え、また、イエス様のように平和を叫んだ。これが、私がするべき使命である。私に任された使命(特に啓示録の預言の成就の事件の証し)は、守らなければならず、成し遂げなければならないだろう。
啓示録を加減すれば、天国に入れず、呪い(災害)を受けると、啓22章に記録されている。伝統教会の神学博士たちと牧者の皆さんは、神様の本、啓示録を加減しなかったのか?皆加減した。それゆえ、新約の啓示の御言葉で新しく生まれなければならない。天国を希望する信仰者ならば「私は新約啓示録が言う誰なのか?私は本当に新約啓示録通り創造されたのか?新約啓示録を加減しなかったのか?そして、新約啓示録に精通するのか?」自ら確認してみなければならない。新天地は新約啓示録の真の意味と、その実状までも精通する。これは、プロテスタントとカトリック・新天地が、啓示録基準で大衆の前で公開試験をしてみれば、わかるだろう。
新天地は、真理(啓示の御言葉)で、伝統キリスト教の世に勝利した。新天地に来て学んで啓示録に精通すれば、天国に入るようになる。アーメン。

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