イエス様の初臨と再臨の時、預言が成し遂げられた実体たちと約束の牧者をなぜ信じることができなかったのか

 


聖書にはイエス様の初臨と再臨について詳しく記録(約束)されている。しかし、初臨の時も再臨の時である今日も、当時の信仰者たちは口では信じると言っていたが、約束(預言)が成し遂げられ、その実体たちが現れた時には、それを見ても、、知ることも信じることもしなかった。なぜ信じることができなかったのか?初臨の時も再臨の時も、彼らが約束の御言葉に無知であったためである。

神様は旧約の預言者たちを通して、神様の息子が救い主として来られることを約束された(イザ7章、9章参照)。初臨の時、神様はその息子、イエス様を遣わされ旧約をすべて成し遂げられた。しかし、当時のエルサレムの牧者たちは旧約に無知で、旧約が成し遂げられたことと、救い主(約束の牧者)であられるイエス様を信じず殺した。今日もイエス様が霊で再臨され、約束の牧者(啓1章、2-3章、啓10章)を通して新約啓示録を成し遂げられ、約束の牧者にその成し遂げたことをすべて見せてくださり、諸教会に証しするようにされた(啓22:8、16)。しかし、新約啓示録(預言)の真の意味を知らない者たちは、啓示録が成し遂げられたことを信じることができず、またこれを証しする新天地の約束の牧者を異端と言って殺すほど憎んだ。これは彼らの中にある神が異なるため、信じることができず、また憎んだのである。

「ことばは神であった」と言われたので(ヨハ1:1)。神様の約束の御言葉通りその実体が現れた時、信仰者たちはこれを見て聞いて悟りがなければならない。しかし、新しい時代ごとに約束の御言葉(預言)通り現れた実体たちを見ても、信仰者たちはこれを知ることも信じることもできなかった。その理由は何か?神様の約束の御言葉の中には、天国の秘密が隠されている。この世には敵対する悪魔がいて、神様の働きを妨害するため、マタ13章のように敵が聞いても知ることができないように、約束の御言葉を、たとえと奥義で隠しておいたのである。したがって、約束の御言葉(預言)の実体たちが現れたのを見ても、信仰者たちは知ることも信じることもできなかったのである。

新約啓示録が記録されてから約2千年も経っているが、今日までその真の意味を知る者はいなかった。その理由は何か?この巻き物は、神様が七つの封印を押して封じ、手に持っておられたからである(啓5章)。しかし今日、イエス様がこの巻き物の封印を解いて開き、預言を成し遂げられ、約束の牧者に、その開かれた巻き物を食べさせ(啓10章)、その成し遂げられた啓示録全章の出来事を見せてくださり、説明してくださり、諸教会に証しするようにされることによって(啓22:8、16)、初めて啓示録(預言)の真の意味とその実状(実体たち)を知るようになったのである。しかし、イエス様の初臨の時と同じように、今日も悪魔の種で生まれた偽りの牧者たちは、これを聞いても見ても信じることができなかった。神様は神様の民には天国の秘密を知らせるが、敵が聞いて悟り、いやされることのないように、たとえと奥義で語られたと仰った(マタ13:10-15)。

この書、啓示録は再臨の時の天国の秘密に対する預言書である。しかし今日、啓6章の背教した選民の審判の出来事の後、啓7章で印を押す働きが始まり、印を押された者たちで12枝派が創造された。この印を押された者たちは、新約啓示録に精通している。彼らが主再臨の時に救われる新しい国、新しい民族、天民たちである(啓7章、啓14章、啓21-22章)。新約啓示録を加減すれば天国に入れず、呪いを受けるという言葉が約束されているのは、このためである。

カトリックとプロテスタントが、異端だと言う新天地の約束の牧者は、新約啓示録全章の出来事をすべて見て聞いて(啓22:8、16)、開かれた啓示録の巻き物を受けて食べた(啓10章)者である。新天地の聖徒たちは、約束の牧者が証しする啓示録の実体たちと啓示の御言葉を聞いて悟り、精通する天国の天民たちである。したがって、啓7章で印を押された新天地12枝派は、啓示録に約束された天国に入り、印を押せなかったカトリックとプロテスタントは天国に入ることができず、啓6章のように地に落ちるのである。

新約聖書の啓示録を加減してはならない。私たち新天地は、新約啓示録をその実状までも精通した。この言葉は新約啓示録で試験を受けてみれば確認できるだろう。今や啓示録がすべて成し遂げられれば、すぐに審判が始まるだろう。審判の時には、地獄の硫黄の火の池と天国の楽園、この二つのうち一つへ行くことになる。啓示録の審判の時、新天地の証しを聞かず信じず啓示録を加減した者たちが、審判の結果について不満を言っても何の役にも立たない。彼らは誰のせいで地獄に入るのかが分かるだろう。偽りを教えた偽りの牧者と、その言葉を信じた自分自身であろう。

今からでも遅くはないので、新天地が証しする啓示の御言葉を聞いて悟り、啓示録に精通して共に天国に入るようにしよう。

この書、啓示録の約束通りに創造された新天地12枝派は、終わりの時の避難所である。この場所以外には、どこにも救われる所はない。新約啓示録の御言葉の中に入り、啓示の箱舟に乗った者は救われるだろう。

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