新約啓示録の成就の時である末世の正統と異端

 


世の終わりである末世は、どんな時なのか。末世は、世の牧者たちが終わる時であり、約束の牧者が来る時である。また、末世は、新約啓示録が成し遂げられる時であり、神様の約束が成し遂げられる時である。もう一度言えば、腐敗した伝統教会の牧者たちが終わって、約束された牧者が来て、イエス様が約束して成し遂げられた新約啓示録を証しする時が末世である。そして、約束した天国が成し遂げられる時が末世である。約束の牧者を通して、この地に創造した約束の新しい国に、神様とイエス様が、霊界の天国を持って来られるからである(啓21章)。新約啓示録が成し遂げられる時、これを信じなさいと言われたのである。

新約啓示録の成就の時であり、末世である今日、誰が正統であり誰が異端なのか。古びて腐敗した異端たちが、自称正統だと言い、真の正統を異端だと責め立てている。これは、イエス様の初臨の時も、再臨の時も同じである。神様とイエス様は、加減できない新約啓示録の御言葉を下さり、主の再臨の時である今日、啓示録を成し遂げられたが、伝統教会(プロテスタントとカトリック)の牧者たちと教徒たちが、これを悟りも信じもしなかった。しかし、啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろい(災害)を受けると、啓22章に記録されている。では、啓示録に精通した者たちと加減した者たちのうち、誰が正統であり、誰が異端だろうか。啓示録に精通した者たちが正統であり、加減した者たちが異端である。しかし、古びて腐敗した伝統教会の牧者たちと教徒たちが、啓示録を加減しながらも、自称正統だと言い、神様が遣わされた約束の牧者を異端と責め立てながら迫害している。これが、キリスト教の末世の現実である。これは、啓6章のように腐敗した以前の世界の太陽・月・星々が天から地に全て落ちた末世になったのである。

啓2-3章と6章と9章を見たところ、今日、神様が遣わされた約束の牧者と異端になった偽りの牧者たちが、互いに顔と顔を見合わせたが、偽りの牧者たちは、約束の牧者を見分けられなかった。末世に対する預言と約束の牧者に対する預言が、聖書に記録されているが、偽りの牧者たちは聖書に無知で聖書も認めず、約束の牧者とその聖徒たちを迫害した。牧者たち自身が異端の種で生まれたので、真の正統が現れたとしても認めるだろうか。この二つの組織が、互いに正統だと戦っている。熾烈な戦争である。それゆえイエス様は、新約啓示録で「勝利の上にさらに勝利を得なさい」と警告されて「勝利すれば、約束した祝福を与える」と約束されたが、偽りの牧者たちは、この約束も気にかけなかった。聖書に無知なので、どうしてこれをわかるだろうか。これが、啓示録の成就の時である末世の現実である。

今、キリスト教の世は、偽りの証しが全世界にはびこっているのではないのか。事実がこうなのに、伝統教会の牧者たちは、神様と約束の御言葉を信じると言いながら、教徒たちを欺いている。啓示録を加減すれば天国に入れず、呪いを受けると、啓22章で警告しているが、この警告の御言葉も気にかけることなく啓示録を加減して、偽りの証しをした異端たちが正統を装っている。これを、啓2-3章と6章で見たのである。それゆえ、啓6章の背教した選民の審判の事の後、7章の印を押す事があるようになった。

今日キリスト教の世は真理を信じられず、非真理を信じる世になったので、これが末世(宗教的末世)である。このような世に、神様が約束の牧者を遣わされたが、彼を迫害して殺した(霊的に殺す、啓11章参考)。誰が。世の教会の牧者たちが。この言葉が偽りなのか。初臨の時も再臨の時も、この世は自分の所属でなければ、無条件「異端、異端」と言った。この世の信仰世界が悪魔の世になったのではないのか。真理を非真理に追い詰めて殺す事が信仰の世界なのか。

昔、初臨の時も再臨の時も、神様が遣わされた牧者を悪魔の所属の牧者たちが殺すと預言されていた。伝統教会の牧者たちと神学博士たちは神様と悪魔のうち、どの所属の牧者たちなのか。彼らは自分の所属でなければ無条件、悪魔と追い詰めて迫害した。昔、初臨の時も再臨の時である今日も、神様が遣わされた約束の牧者がいて、この時、世の牧者たちが、神様が遣わされた真の牧者に異端だと呪って迫害した。しかし、もし世の牧者たちが聖書を信じたならば、約束の牧者に異端と言わなかっただろう。これは再臨の時である今日も、イエス様の初臨の時も、同じ現象だと言えるだろう。

今日、新天地に異端だと言う伝統教会の牧者たちに、新天地が啓示録基準で公開試験をして、異端と正統を区分しようと何度も提案したが、今まで一人も応じなかった。新約啓示録を加減すれば、天国に入れず、呪いを受けると、新約啓示録22章は語っている。地上の牧者たちとその教徒たちは、本当に新約啓示録を加減しなかったのか。みんな啓示録を加減した。加減した彼らは、どこに入るだろうか。新約啓示録が答えている。啓22章には、啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろいを受けて、地獄の硫黄の火の池に入ると言われた。聖書は廃棄されるものではない。

約2千年前イエス様の初臨の時、エルサレムの牧者たちが、神様が遣わされた牧者イエス様に異端、悪魔と言った。イエス様が異端、悪魔だったのか。今日、伝統教会の牧者たちが、新約啓示録に精通する新天地に、また異端、悪魔と迫害した。新天地は、新約聖書の啓示録の実状までも精通する。誰が正統であり誰が異端だろうか。新約啓示録がほぼ全て成し遂げられている。しばらくして、啓20章の審判が始まれば、見ものだろう。

新約啓示録の成就の時である末世には、新約啓示録通り創造されて、啓示録の実状までも精通する新天地と約束の牧者が正統であり、啓示録に対して偽りの証しをして、加減した伝統教会とその牧者たちが異端である。

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