神様は旧約において、神様の息子を救い主として遣わされることを、多くの預言者を通して知らせられた(イザ7章、9章参照)。それゆえイスラエルの民たちは、神様の息子が来られることを待ち望んでいた。しかし初臨の時、神様の息子であるイエス様が、旧約に約束された、その路程どおりに救い主として来られ、旧約を成就されたが、当時のユダヤ人の牧者たちは、イエス様とそのなされたことを信じることができなかった。新約啓示録には、イエス様が再び来られることと、その路程と、来られてなさることを啓示録全章に約束された。しかし今日、イエス様がその約束どおりに再臨され、新約啓示録を成就されて、約束の牧者にこれを証しするようにされたが、伝統教会の牧者たちは、また再臨のイエス様と、そのなされたことと、イエス様が選ばれた約束の牧者を信じることができなかった。口では「信じる」と言ったが、行いでは信じなかった。なぜか。彼らは罪のゆえに、悪魔が共にいるからである。しかし、約束の御言葉を信じて悟った者は、その人(約束の牧者)を知るであろう。また約束どおりに行われたその働きを見て、その人を知るであろう。
新約啓示録が記録されてから約2千年が経ち、今日イエス様が再臨されて啓示録を成就された。イエス様は、新約啓示録に約束された路程どおりに来られ、約束されたことを成し遂げられた。それでも信仰人たちは、再臨のイエス様とそのなされたことを知ることができなかった。その理由は、彼らの中に悪魔の神が働いているからである。啓2-3章と12章で「打ち勝ちなさい」と仰ったのは、妨害する者がいるからである。新約聖書の啓示録の預言の真の意味を知り、その成就した実体を見れば分かるはずだが、悪の神が妨害しているからである。啓示録は、イエス様の再臨によって成就するものである。しかし、悪の神が事あるごとに妨害するため、信仰者たちは混乱するようになったのだ。今日、多くの神学者たちがいて、同じ聖書を持って信仰しているが、十三ページから成る一冊の本(啓示録)の意味を知る者は一人もいなかった。なんということか!これが信仰者だと言えるのか。皆が偽りの信仰人である。
それでいて、その口からは「異端、異端」という言葉があふれていた。真の信仰者が一人もいない教会が、真の教会だろうか。初臨の時、イエス様が当時のユダヤ人たちを「目が見えない者、耳が聞こえない者」と言われた御言葉は正しく、今も同じである。聖書を持っていても、その意味を知らないので、目が見えない者、耳が聞こえない者である。一人二人ではなく、皆が目が見えない者、耳が聞こえない者である。事実がこうであるにもかかわらず、自分の所属でない者たちに「異端、異端」と言った。誰が異端であり精神異常者なのか。 プロテスタントとカトリックの信仰人たちである。
太陽、月、星が暗くなり地に落ちても(啓6章)、分からないなら目の見えない者ではないのか。いくら叫んでも聞こえないなら耳の聞こえない者ではないのか。誰が信徒たちを目が見えない者、耳が聞こえない者にしたのか。それは、新天地に「異端、異端」と言った自分たちの教会の牧者たちである。これらの牧者たちと信徒たちは偽りの信仰者である。
実際、彼らは目が見えない者、耳が聞こえない者というよりも「死んだ者たち」である。新約啓示録が成就して、その実体が現れたが、牧師たちも神学博士たちも伝道師たちも、皆が目が見えず、耳が聞こえず、口もきけない者となったので、死んだ者と何が違うだろうか。信徒たちのお金(献金)を受け取り、耳を塞ぎ、口を塞ぎ、その目まで塞ぎ、信徒たちも自分たちも地獄へと走っている。
イエス様が千回万回来られたとしても、耳が聞こえず目が見えない者がどうして分かるだろうか。主の再臨の時のことを約束した啓示録の成就の時は、イエス様が再臨され、新約啓示録をすべて成し遂げられる時である。このように、啓示録がすべて成就しても分からない者は、イエス様の御言葉のように「死んだ者」であるからである。啓示録を加減すれば天国に入れず、呪い(災害)を受けると記録されているが、何の心配もしていない。これは教会の担任牧者も信徒たちも同じである。これでどうして真の信仰人だと言えるだろうか。
啓示録を加減した者たちが、啓示録のその実状まで精通している新天地に対して異端だと言った。彼らは偽りの信仰者である。ゆえにイエス様の御言葉どおり、新しく生まれなければならないだろう(ヨハ3:3-5参照)。
初臨の時、神様がその息子イエス様を救い主として遣わされ、旧約を成就されても、当時のユダヤ人たちは、イエス様とその成し遂げたことを信じず、殺した。同じように再臨の時である今日、イエス様が約束の牧者を通して新約啓示録を成就されても、伝統教会の牧者たちは約束の牧者とその成し遂げたことを信じず迫害している。信仰者たちの信仰は、初臨の時と再臨の時で何が違うのか。 今は、新約啓示録成就の時である。この本、啓示録を加減すれば天国に入れず呪いを受けると、啓22章に記されている。救われることを望む者は、約束の牧者の証しを聞いて悟り、啓示録に精通しなければならないだろう。

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