啓示録は再臨の時、成し遂げられる天国の秘密であり、この本を、神様が七つの封印を押して封じて持っておられたので(啓5章)、約2千年間、誰であれその意味をわかる者がいなかった。七つの封印で押して隠しておいた理由は、天国の秘密を聞いてはいけない敵がいたからであった(マタ13:10-15参考)。イエス様の初臨の時も、天国の秘密を聞いてはいけない敵がいて、今日も天国の秘密を聞いてはいけない敵がいる。その敵は啓12章に現れた赤い竜、すなわち悪魔であり、啓2-3章でも、8-9章でも、13章でも現れた。
啓示録の成就の時には、背教者たちと滅亡者たちと救い主(たち)が預言通り出現する。この時、救われようとすれば、この三つの存在のうち、滅亡者たちと戦って勝利して、救い主に属さなければならない。初臨のイエス様は、世(悪魔の世、ルカ4:5-6、エペ2:2参考)に勝利したと言われ(ヨハ16:33)、再臨の時は、この敵である悪魔と戦って勝利しなさいと何度も語られた(啓2-3章)。悪魔と戦って勝利しようとすれば、悪魔の実体を知らなければならない。聖書66巻を見たところ、どの時代でも悪魔が登場しなかった時はなかった。初臨の時のように再臨の時も、神様(所属)と悪魔(所属)が登場する。では竜、すなわち悪魔、サタンをどのように知る事ができるだろうか。悪魔も御使いも、人の中に入って働くので、外側の姿だけでは同じ人なので、区分するのが簡単ではない(Ⅱコリ11:13-15参考)。
では、神様(所属)と悪魔(所属)をどのように区分して、知る事ができるだろうか。もちろん、その行動とその組織を、約束の御言葉に照らしてみて、知る事ができるだろう。しかし、ここまで精通する聖書的知識を持った者がいるだろうか。
今日、時になって、イエス様が霊(聖霊体)で再臨されて(啓1章)、新約啓示録を成し遂げられ、この時、選ばれた一人の人(約束の牧者)に啓示録全章(啓1章から22章まで)の実体たちを全て見せて下さり、諸教会に証しするようにされた(啓22:8,16、啓1:2)。それゆえ、この人を通して啓示録全章の事件とその実体たちを知る事ができる。新約啓示録が成し遂げられる時は、預言された実体たちが一つ残らず出現して、約束の牧者が事件の現場で見て聞いたこの実体たちを、その通り証しするので、新約啓示録の啓示の御言葉は、完璧な真理である。
この書、啓示録を加減すれば天国に入れず、呪い(災害)を受けると言われた(啓22:18-19)。プロテスタントとカトリックの神学博士たちと牧者たちは、啓示録を加減せず精通して、教徒たちに教えているのか。我が新天地の聖徒たちが見る時、彼らは皆、加減した。新天地は、啓示録の預言の真の意味のみならず、その実体までも精通する。事実がこうであるにもかかわらず、プロテスタントとカトリックの牧者たちは、イエス様の初臨の時のエルサレムの牧者たちがイエス様にしたように、また新天地を異端だと迫害した。新約啓示録を加減した者たちが「異端」という言葉を一番よく話す。時代ごとに宗教の世は混沌としている。
それゆえ新天地は、誰が異端であり、誰が天端(「正統」という意味)なのか確認するため、新約啓示録の基準で、大衆の前で公開試験を受けてみようと、何度も提案したが、今まで一人も応じなかった。これは彼らが啓示録に無知で、勝利する自信がないからである。それゆえ、新天地が真理(新約の啓示の御言葉)で勝利したのである。
啓示録が全て成し遂げられるならば、すぐに審判が始まる。審判は聖書の御言葉によって行われ(ヨハ12:48、啓20:12)、公開試験があるだろう。この審判の時、新約啓示録(成し遂げられた実体と啓示の御言葉)を信じられず、新天地を迫害した者たちは、どうなるだろうか。彼らは、硫黄の火の池(地獄)に入るだろう(啓21:8、22:15)。しかし、この時信じて、啓7章でのように印を押された12枝派の聖徒たちは、約束された天国の楽園に入るだろう(啓14章、啓21:27参考)。この審判の時、信じず、新天地を迫害した偽りの牧者たち(神学博士たちと牧者たち)が、地獄の判決を受けるその姿が見ものだろう。コソン(高城:京畿道 加平郡)の平和研修院には、審判の時、地獄の門に入る者たちと、天国の門に入る者たちの姿などを作っておいた。啓示録の実体たちを見せるためであり、また、これらを見る者たちが悟りを得て、天国に行く事を願う心からである。

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