ヨハネの啓示録全章の預言の要約説明(啓1:1-8)

 


啓示録はイエス様の弟子の使徒ヨハネが幽閉されて行ったパトモス島で、イエス様の啓示を受けて記録した御言葉(預言書)である。

啓示録全章は、1章から22章までの総22章である。そのうち啓1章1-8節は、ヨハネが啓示録全章を見て聞いた後、これを要約した核心と結論であり、事件の始まりは啓1章9節からである。

● 啓示録全章の預言の要約説明(啓1:1-8)

啓1章1節は啓示の伝達過程を語っている。神様は、すぐに起こるはずの事、すなわち啓示録の事件の全章をしもべたちに示そうと、神様の右の手にある、七つの封印で封じられた本をイエス様に与えられ(啓5章)、イエス様は、その七つの封印を解かれて、本を開いて(啓6章、8章)御使いに与えられ、御使いは、その本をヨハネ(成就の時は新しいヨハネ)に食べさせて下さった(啓10章)。そしてヨハネは、その受けて食べた本の内容をしもべたちに伝えて下さる。この時のしもべたちは、印を押された12枝派14万4千と、またイエス様の血で罪を赦された白い群れである(啓7章)。

啓1章2節では、ヨハネが神様の御言葉、すなわち自分が受けて食べた本の御言葉と、イエス様の証し、すなわち自分がイエス様から見て聞いた啓示録全章の事件を諸教会に全て証しした(啓22:8,16)。
啓1章3節では、ヨハネ(朗読する者)が伝えた御言葉を聞く者たちのうち、この御言葉を守る者たちに祝福があると言った。
啓1章4節は、ヨハネがアジヤの七つの教会(七つの金の燭台の幕屋)に手紙を送るという内容である(啓2-3)。
啓1章5-6節は、イエス様がご自分の血で贖って罪から解放された者たちを、神様の国の祭司長にするという内容である。
啓1章7節で、イエス様が雲に乗って来られるという事は、目に見えない霊で(聖霊体で)来られるという意味である。
啓1章8節で、神様をアルファとオメガだと言ったのは、預言をされた神様が、その預言を全て成し遂げられるという内容であり、啓示録が全て成し遂げられるならば、神様が将来この地に臨んで来られる事を知らせた。

● 啓示録の実状まで精通する新天地が、神様が選ばれた真の正統である。

この本の御言葉は大部分、比喩とたとえで記録されている。それゆえ、この本が記録されてから約2千年経っても、地上の牧者たちのうち、その意味をわかる者は一人もいなかった。しかし今日、イエス様が再臨されて、新約啓示録を成し遂げられ、イエス様が選ばれた牧者(約束の牧者)に、啓示録全章の事件の実状(実体たち)を全て見せて下さって、これを諸教会に証しするようにされた(啓22:8,16)。この書、啓22章には、啓示録を加減すれば天国に入れず、呪い(災害)を受けると警告された。地上の牧者たちは、啓示録を加減しなかったのか?みんな加減した。

イエス様の初臨の時、神様が共におられるイエス様に異端、悪魔と言った。誰が?当時のエルサレムの牧者たちが。神様はイエス様を通して旧約を成し遂げられ、神様の御子イエス様が、神様の御言葉とその成し遂げられた事を証しする事を聞いて、イエス様とその証しする御言葉を異端だと言った者は、悪魔の所属だったのか、神様の所属だったのか。悪魔の所属であった(マタ23章参考)。今日は、そうではなかったのか。今日、イエス様が再臨されて、成し遂げられた啓示録の実状(実体たち)を全て見て聞いた約束の牧者が、この書の真の意味とその実状を証しすれば、イエス様の初臨の時のように、また異端だと言わないだろうか。新約啓示録に無知な伝統教会の牧者たちは、約束の牧者とその証しする言葉を異端だと迫害した。この無知は、犬も受け取って食べない。しかし、愚かな教徒たちは、無知な偶像(偽りの牧者)の偽りの言葉と偽りの証しを聞いて「アーメン、アーメン」と言った。キリスト教の世界は、本当に奇妙な世の中である。

今日、地上の伝統教会の牧者たちが、自分の聖徒たちが新天地に啓示の御言葉を聞こうと押し寄せて行くので、これを防ぐため新天地に異端と言った。異端という彼らの言葉が真理なのか、聖書の御言葉が真理なのか。神様の所属を異端と迫害する所が真理だという言葉は、聖書のどこにもない。それゆえ、新天地がプロテスタントとカトリックに、新約啓示録を基準にした100問題で、大衆の前で公開試験をして、異端と正統を区分しようと、何度も提案したが、今まで一人も応じなかった。これは彼らが、新約啓示録に無知で勝利する自信がないからである。それゆえ新天地は、プロテスタントとカトリックに真理(啓示の御言葉)で勝利した。今でも自信があれば、新約啓示録の100問題の公開試験に応じよ。誰が異端であり誰が正統なのか、聖書で区分しよう。

新天地は、新約の啓示録(預言)の真の意味だけでなく、その実状までも精通する真の正統である。アーメン。

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