啓示録を加減すれば、天国に入ることができず、呪い(災難)を受けると啓22章に記録されている。伝統教会の牧者たちと神学博士たちと信徒たちは、この本啓示録を加減しなかったのか?私が見たところ、彼らは一様に全て加減した。新約啓示録の預言と、その成就について加減した者は、偽りの証しをし、精通した者は真の証しをするだろう。それゆえ、啓示録を加減した者は、啓22章に記録されているように、天国に入ることができず、呪われるであろう(啓22:18-19参照)。
この本啓示録が記録されてから約2千年が経ったが、この本に精通している者は、この世に一人もいなかった。そうならば、これは天国に入る者が一人もいなかったということになる。では、どうすればよいのか?この時、新天地の約束の牧者が、啓10章のように、開かれた啓示録の本を受けて食べて精通した。しかし、この世の牧者たちは、この本啓示録に精通する牧者に異端だと言って信じず、呪い、迫害した。
新天地は新約啓示録でハンコを押したかのように、啓7章通りに創造された。しかしその昔、初臨の時、エルサレムの牧者たちがイエス様にしたように、今日も、なぜ新天地だけ宗教として認めず、抑圧するのか?新天地はまるでハンコを押したかのように、加減せず聖書通りに信仰している。なのに、なぜ宗教として認めないのか?これは過度な偏った宗教弾圧ではないのか?新天地イエス教会にも宗教として認めれば、偏った宗教弾圧という言葉を聞かずに済むだろう。
この世には恣意的に名称を付けた無数の教団と教名がある。しかし新天地は、新約啓示録の通り創造され(啓7章、14章)、啓21章に約束された通り、新しい天と新しい地(新天地)と名称した。これはあくまでも聖書の約束通りに名称したものである。誰が異端で、偽りの牧者だというのか?新約啓示録を加減した者たちは、啓示録を偽って証しするであろうし、彼らが異端であり、偽りの牧者たちである。新天地は新約啓示録に精通し、その実体について真の証しをしている。ゆえに新天地は真の正統であり、新天地の牧者たちは真の牧者たちである。アーメン。

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