啓示録成就の時は、啓6章で背教した選民たちが審判を受けた後、啓7章で印を押された者たちによって12枝派が創造される。印を押された者と印を押されなかった者の違いは、天国と地獄である。新約の啓示の御言葉によって印を押された者は、啓示録に精通するが、印を押されなかった者は、啓示録を加減するだろう。啓示録22章に記録されているように、この書、啓示録を加減すれば、天国に入れず呪い(災害)を受けると仰った。
伝統教会(カトリックとプロテスタント)の神学博士たちと牧者たちは、この書、啓示録を加減しなかったのか?皆、加減した。事実がこのようであるにもかかわらず、伝統教会の牧者たちとその信徒たちは、啓7章で印を押され12枝派として創造された新天地に、イエス様の初臨の時のエルサレムの牧者たちが、イエス様にしたように、また異端だと言って迫害した。それゆえ、誰が異端で誰が正統なのかを確認するため、啓示録を基準に公開試験をしようと数回提案したが、今まで一人も応じなかった。では、誰が勝ったのだろうか?啓2-3章と12章では勝ちなさいと言われた。誰と何で戦って打ち勝たなければならないのか?啓12章で見た七つの頭と十本の角を持った竜(悪魔)と、真理で戦って打ち勝たなければならない。勝てば天国、負ければ地獄である。勝利を得た者たちは印を押され12枝派に所属し、啓示録に精通するようになるためである。
目の見えない者と耳の聞こえない者は、啓2-3章と12章の赤い竜である悪魔を見ても分からないだろう。私たち新天地が戦うのは、人との戦いではなく、七つの頭と十本の角を持った赤い竜との戦いである。今日、新天地が与えた御言葉の剣によって、悪魔に所属する偽りの牧者と戦って勝利を得た者は皆、新天地へ来た。このことを聖書で確認してみなさい。啓2-3章と12章と15章に記録されている。見ても聞いても分からない者は目の見えない者であり、耳の聞こえない者である。自分で自分を確認してみなさい。自分自身が目の見えない者と耳の聞こえない者ではないのかを。
霊的に目が開かれ、耳が開いた者となり、敵対する悪魔と戦って打ち勝ち、新天地12枝派に所属して啓示録に精通してこそ、天国に入るようになるだろう。伝統教会はなぜ、新約聖書の啓示録の約束を信じられないのか?この書、啓示録を加減すれば天国に入れず呪いを受けると仰った。加減しなかったのか?新天地は新約啓示録通りに印を押され、12枝派として創造された。啓示録を加減した者たちが、啓示録に精通する新天地に「異端、異端」と言うその姿は、実に滑稽である。

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