新約啓示録の約束

 


啓2–3章でみると、戦って勝利を得る者に諸国の民を支配する鉄の杖の権威を与えると約束された。ここでいう戦い(戦争)とは、神様の所属と悪魔の所属との戦いであった。誰が勝ったのか?神様の所属の牧者が勝利した(啓12章参照)。

勝利者は、新約啓示録に約束されたものを受け取ることになる(啓2–3章)。しかし、新約啓示録の意味を知らない者たちは、この書、啓示録が成し遂げられてその実状が現れたのを見ても、その真の意味と実状を悟ることはできないだろう。

約2,000年前、救い主(約束の牧者)であるイエス様が旧約を成し遂げられたが、その時のイスラエルの牧者たちはこれを知らず、迫害したのと同じように、今日、約束の牧者が新約啓示録を成し遂げたが、伝統教会の牧者たちはその実体を見ても分からず、また迫害した。「牧師の皆さん 、神学博士の皆さん、この言葉が合っていますよね?事実ですよね?」

牧師たちもその聖徒たちも、預言の実体が現れたのを見て聞いても分からないので、霊的な盲人であり、耳しい者である。新約啓示録のその意味を知ってこそ、啓示録の預言が実状として成し遂げられる時、見て悟って信じるだろう。しかし、今日のキリスト教の信仰世界は皆、霊的な盲人であり、耳しい者となり、分からなかった。この盲人たちと耳しい者たちが、新約啓示録の真の意味とその実状まで精通している新天地に対して、初臨の時のエルサレムの牧者たちがイエス様にしたように、また異端だと言った。新しい契約、啓示録の意味を知らないのに、どうしてその実状を悟って知り、信じるのだろうか?

新約啓示録の実状が成し遂げられる時、啓示録(預言)の真の意味を知らない者が、どうしてその実体を見て知ることができるのか?啓6章の背教した選民の審判の後、7章で印を押された者以外には、啓示録の真の意味とその実状を知る者はいないだろう。啓示録を加減すれば、天国に入れず、呪い(災害)を受けると仰った。牧師たちと神学博士たちは加減しなかったのか?皆、加減した。それゆえ、天国に入ることができない。

新約啓示録は、敵対する悪魔と戦って勝利を得る者に、諸国の民を支配する鉄の杖の権威など、書に記録された福を与えると約束された(啓2–3章)。そして、啓示録を加減せず、精通する者が天国に入ることができると仰った。新約啓示録の真の意味とその実状を悟って信じ、守って、天国に入るようにしよう。

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