新しい天と新しい地の再創造

 


啓示録成就の時、以前の天と以前の地はなくなり、新しい天と新しい地が創造されると、啓示録21章に記されている。啓示録は再創造の設計図である。

この本啓示録が記録されてから約2,000年が経っても、この本(預言)の真の意味とその実体を知る者は、今日に至るまで誰もいなかった。啓示録を加減すれば、天国に入れず、呪い(災害)を受けると言われた(啓22:18-19)。
今日、新約啓示録は成し遂げられ、その実状(実体)が現れた。地上の聖徒たちと牧者たちは、この御言葉を悟る時が来た。天国に入るためには、啓示録の実状を加減せず、精通しなければならないだろう。
「カトリックとプロテスタントの牧師さんたち、新約啓示録の実状まで精通していますか?」

アダムの犯罪以降、神様は時代ごとに神様の使者(預言者、約束の牧者など)を遣わされたが、世は彼らを異端、悪魔だと言って殺した。約2,000年前の初臨の時には、神様の息子であるイエス様を救い主(約束の牧者)として遣わされたが、当時のエルサレムの牧者たちは、イエス様を異端、悪魔だと言って殺した。この世は本当に混沌としている。

啓22章には、毎月12種類の実を結ぶいのちの木が登場し、その葉は諸国の民をいやす働きをすると言われた。このいのちの木が何であるのか、知っているのか。このいのちの木が出現したとき、それを見分ける牧者がいるだろうか。 また、今日、新約に約束された牧者を遣わしたら、キリスト教徒たちは信じるだろうか。それとも、また異端、悪魔だと言って殺そうとするのではないだろうか。啓11章には、殺されると記されている(霊的な殺し)。六千年の間、罪によって人々の目も耳も暗くなってしまった。

現実がこのようであるにもかかわらず、伝統教会で、神学博士や牧師になろうとする人々の心が私には理解できない。偽りの牧者となって地獄に行くことなど気にも留めず、ただこの世で権力を握ることが良いからであろう。権力を好む者は、最初から神様とは異なる別の神が入り込んでいるからであろう。モーセもイエス様も、牧者になるための勉強をしていなくても、神様の啓示を受けて真理に立たれたのである。
今日、新約啓示録が成就し、以前の天と以前の地である伝統教会は裁きを受けてなくなり、啓示録の約束どおり、神様の新しい国と新しい民族である新しい天と新しい地(新天地)が再創造された。新天地は、神様とイエス様の啓示を受け、啓示録の預言の真の意味だけでなく、その実体にまで精通している。新天地が証しする新約の啓示の御言葉こそが真理である。

新天地が証しした御言葉の中に、もし間違っているものがあるなら指摘しなさい。誤って証ししているものがあるなら、改める。新天地イエス教は、本当に真理の都なのである。

コメント