啓示録は再創造の設計図である。新天地は、新約の啓示録の設計図通り創造された。新約聖書通り成し遂げられた所も、いのちの木に毎月十二種の実を結ぶ所も唯一、新天地イエス教証しの幕屋聖殿だけである。アーメン。
啓示録を加減すれば天国に入れず、のろい(災害)を受けると言われた(啓22:18-19)。それゆえ今日、聖徒が信仰の基準とすべきものは唯一、新約聖書の啓示録である。
カトリックとプロテスタントの牧者たちと神学博士たちが、新天地に異端だと言った。私たちが見る時、これは自分の聖徒たちが新天地に行かないようにするために言っているようだ。カトリックとプロテスタントは、みんな新約の啓示録を加減した。だから、本物の異端は新天地ではなく、カトリックとプロテスタントである(啓22:18-19参考)。なので、彼らは天国に入れない。新天地は大衆の前で、新約聖書の啓示録を基準に公開聖書試験をして、誰が正統であり誰が異端なのか、白黒をつけようと言ったが、まだ一人も応じていない。自分たちの無知と偽りのあかしがばれると思って、しっぽを隠して出て来ないのである。だから、新天地が真理で勝ったのである。
カトリックとプロテスタントは啓示録の意味も、その成し遂げられた実状もわからないのに、どうして啓示の御言葉で印を押されるのか?それゆえ、みんな啓示録を加減した。だから天国に入れないと言ったのである。
新天地は啓示録の預言と、その実状(実体たち)までも精通する。それゆえ、カトリックとプロテスタントの聖徒たちが、躍起になって新天地に集まって来ている。なぜ?啓示録を学ぶため。学んだ後、真理を悟った喜びにどれほど嬉しがるのか、見るに忍びないほどだ。集まって来る聖徒たちで、新天地のいのちの木は毎月、十二種の実を結んでいる。毎年、年末に開催される12枝派の連合修了式の行事が、その証拠である。
新天地は、新約啓示録の通り成し遂げられた所であり、啓示録の預言の意味とその実状(実体たち)までも精通する。アーメン。

コメント
コメントを投稿