末世と新しい天、新しい地(新天地)の創造

 


イザヤは人々の長寿を預言し(イザ65:20-22)、イエス様は天国と永遠のいのちを預言され(ヨハ6章)、ご自分を信じる者たちに永遠のいのちがある事を知らせられた(ヨハ11:25-26)。新約の啓示録にも腐敗した一つの世が終わって、新しい世、すなわち天国と永遠のいのちの世がある事を預言した。啓21章に見たところ、主の再臨の時この地には、以前の天と以前の地がなくなり、新しい天、新しい地が創造され、ここに天の神様と天の天国が臨んで来られると言われた。

 また、イエス様は新約の啓示録を加減すれば天国に入れず、のろい(災害)を受けると言われた。今日、プロテスタントとカトリックは、啓示録を加減しなかったのか?みんな加減した。では、みんな天国に入れない。しかし新天地は、啓示録をその実体たちまでも精通する。それにもかかわらず、彼らは啓示録に精通する新天地に異端だと言った。彼らはイエス様初臨の時の、エルサレムの牧者たちと同じ行動をした。誰が異端なのか?初臨の時も、再臨の時も本物の異端たちが、神様の国と神様の牧者に「異端」と言った。それゆえ、新天地は誰が正統で、誰が異端なのか確認するため、キリスト教の牧者たちに、一緒に大衆の前で公開聖書試験を受けてみようと提案した。ところがなぜ、試験に応じないのか?

 新天地は収穫されて印を押された者たちで12枝派を創造し、新約の啓示録1章から22章までの事件を全て見た。しかし、プロテスタントとカトリックは見れなかった。なぜ?盲人たちで、耳しいたちだから。目があっても見えず、耳があっても聞こえないので、彼らは盲人たちで耳しいたちだ。今日、新約の啓示録を成し遂げても、プロテスタントとカトリックは見えず、わからなかったので、偽りの信仰者たちだ。主の再臨の時をノアの時、ロトの時と同じだと言われた。啓示録が全て成就されれば、審判が行われる。この時、偽りの信仰者たちは審判を免れないだろう。

 末世で主の再臨の時である今日、腐敗した以前の天、以前の地、すなわち伝統のキリスト教の世は、終末を迎えるようになり、新しい天、新しい地、すなわち新天地が再創造された。ここに神様が臨んで来られ、天国と永遠のいのちがあることになる。新約聖書の啓示録の意味をわかる者は、この言葉を信じるだろう。アーメン。

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