啓示録が全て成し遂げられた後には

 


啓示録が記録されてから約2,000年も経った。しかし、この世でこの本の真の意味を知る者は一人もいなかった。啓示録を加減すれば天国に入れず呪い(災害)を受けると記録されている(啓22:18-19)。この本を加減しなかった者は誰なのか? また天国に入る者は誰だというのか? 啓示録を加減しなかった者たちである。

 啓5章で見たところ、この本、啓示録は神様が7つの封印を押して封じ、右の手に持っておられた。 神様の手にあったこの本を、イエス様が受け取って印を解いて開いて成し遂げ、この開かれた本を、弟子ヨハネに食べさせてくださった(啓10章)。よって、この本はヨハネのお腹の中にある。 そして啓示録全章の出来事を彼にすべて見せて下さり、もろもろの民族、国民、国語、王たちに伝えるように仰った(啓22:8、16)。 啓示録を記録した当時には、パトモス島に島流しされていたヨハネが、この本、啓示録全章の出来事を幻で全て見て聞いた。しかし、今このヨハネはいない。 ならば、今日は加減できないこの本の出来事を誰が見て、私たちに伝えてくれるのだろうか? 今日、啓示録が成し遂げられる時にはイエス様の代言の使者、すなわちイエス様が約束した牧者新しいヨハネが開かれた本を受け取って食べ、その見て聞いたことを諸教会に証しする。 見なかったのか? 聞かなかったのか?

 初臨の時、イエス様が旧約聖書を受け取って食べて来て伝えても、当時のユダヤ人の牧者たちは信じなかった。 ならば、今日の新約啓示録の成就の時に、約束の牧者が開かれた啓示録の本を受け取って食べて来て伝えるからといって、牧者たちが信じるだろうか? また、教徒たちは誰に似ただろうか? もちろん、自分の牧師にそっくりだった。よって、この言葉は私が今日の牧者たちとその教徒たちに問いかける言葉である。約束の牧者が伝える言葉を信じるのか? なぜ信じないのか?

 長い間、天から雨が降らず、心霊たちが干からびている。 これをどうしようか!

 主の再臨の時に成し遂げることは啓示録であり、この本を加減すれば天国に入れず、呪い(災害)を受けると仰った。牧者たちとその教徒たちは、啓示録を加減しなかったのか? 牧者たちが新約啓示録を分からず加減したので、教徒たちも皆、啓示録を加減した。 これでも聖書の御言葉をきちんと教える牧者だと言えるだろうか? それなのに牧者たちは、自分の教徒が新天地教会に行って啓示の御言葉を聞くと大騒ぎして、新天地を異端だと言って行かせないようにした。

 啓示録が全て成し遂げられた後には審判がある。 嘘を教えて学んだ牧者たちとその教徒たちが審判台の前で何を言えるだろうか? 今からでも悔い改めて、新天地が証しする啓示の御言葉を聞いて信じて、天国に入ろうと努力しなければならない。

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