悲しみと苦しみと涙の中で得られる天国

 



 天国の道は、悲しみと苦しみと涙の中で得られる細く狭い道。この天国の道のため、多くの人々が殉教した。初臨の時、旧約に約束したメシア(救い主)を待っていた者たちが、本来、救い主として来られたイエス様とその弟子たちを異端だと迫害して殺した。先知使徒たちの死が、これをあかししている。その殉教した霊魂たちが今日、新約の約束の牧者を異端だと迫害する現実も見つめている。


 新約時代の聖徒たちも、四福音書と啓示録で約束した牧者を待っていた。しかし今日、約束の牧者が来たが、初臨の時のようにまた彼を迫害した。誰が?新約聖書に言った伝統教会(キリスト教)の牧者たちである。そして、自分の牧者が迫害するので、その教徒たちも一緒に迫害した。なぜ迫害するのか?牧者が四福音書と啓示録の約束の御言葉を知らないからであり、知らないので教徒たちに間違って教えたからである。牧者が教徒たちを地獄に導く偽りの牧者になったのである。今日、審判が始まる時、彼らが何と弁明するだろうか?


 イエス様の初臨の時、自分の牧者がイエス様を異端だと迫害する事で、その牧者を信じて従う者たちも、自分の牧者のようにイエス様を異端だと迫害した。今日も、そうではないのか?それゆえ新天地が改新教に啓示録を基準にして、公開聖書試験を受けて真と偽り、正統と異端を区分しようと提案したが、改新教の側からは一人も応じなかった。試験をすれば、自分たちの偽りのあかしが明らかになるからである。それゆえ改新教は、啓示の御言葉で再び生まれなければならないだろう。


 啓示録を加減すれば天国に入れず、のろい(災害)を受けると言われた(啓22:18-19)。改新教は、牧者もその教徒たちも、みんな啓示録を加減した。新天地は全員が新約の啓示録に精通する。改新教と新天地のうち、誰が天国に入るだろうか?答えてみよ。


 新天地の聖徒の皆さんは、聖書が言ったどんな者たちなのか?自分自身をよく知っているのか?新天地の聖徒たちは新約聖書の啓示録に約束した、新しい時代の新しい国、新しい民族である。ここに霊界の天国と神様が臨んで来られる。新天地の聖徒たちは約束の牧者と一つになって、非真理の世と戦って、細く狭い天国の道に向かって歩いている。新天地は真理で勝ち、天国と永遠のいのちが私たちの目の前に来ている。アーメン。

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