同族相争の悲劇を、二度と繰り返してはならない

 


わが国は、8.15光復後、南北に両断され、理念と思想も分裂した。その結果、同族相争の悲劇である6.25戦争が起きた。この時、韓国の李○○大統領は何の準備もないまま戦争を迎えることになった。そのため北朝鮮は一気に大邱まで南下してきた。この時、国連軍がわが国(韓国)を助け、再び38度線まで押し戻した。この時、韓国も北朝鮮も、弾丸一つすら生産できない状況の中で、外国から持ち込まれた銃と武器によって、互いに同族を殺し合う戦争をすることになったのである。この時、私も最前線の戦闘兵として参戦した。この時、南北の若者たちが、いったいどれほど多く死んだだろうか。この戦争は、恥ずべき同族相争の戦争であった。これをどうして、子孫たちに胸を張って差し出せる歴史と言えるだろうか。

この同族相争の悲劇的な戦争によって、南北は借金の山を抱えることになった。この時、わが軍と北朝鮮軍が使用したたった一つの弾丸でさえも、誰かが無料で与えてくれたものではなく、国連軍も無償で助けてくれたわけではなかった。そのため南北は、非常に大きな負債を背負うことになった。これが、8.15光復後の悲劇であった。

では、なぜ同族が、同族を殺さなければならなかったのか。それは、米・ソが、わが国を思想によって二つに引き裂いておき、戦争を起こさせ、自分たちの武器を売って国益を得るためであった。その結果、わが国は二つの国、二つの思想に分かれ、南と北は敵となってしまったのである。

同族相争の悲劇である6.25戦争によって、南北はどれほど多くの借金を背負うことになったのだろうか。これは、米・ソの策略の結果であった。一時期、米・ソはわが国を主導し、わが国を戦争の場と化して、自分たちの古びた余剰の武器を売りさばき、同族の悲劇的な戦争によって、南北をさらに貧困へと追い込んだ。

6.25戦争が休戦してから70余年が過ぎた今日、大韓民国は飛躍的な発展を遂げ、経済大国の仲間入りを果たした。これは、すべての国民が一致団結して成し遂げた、誇るべき結果である。

しかし、6.25戦争によって生まれた離散家族の悲しみが、今なお私たちの中に残っている。もう、同族相争の悲劇を、二度と繰り返してはならない。南北間の問題は、対話と妥協によって解かなければならない。

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