神様とイエス様が旧約と新約の約束を成し遂げられる時、当時の牧者たちはこれを見て信じたのだろうか?旧約が成し遂げられる時も、新約が成し遂げられる時も、当時の牧者たちはその成し遂げられたことを信じず、また、神様とイエス様が遣わした牧者がこれを証ししても信じず、異端、悪魔だと迫害した。
初臨の時、イエス様が旧約エゼキエル3章の本を受け取って食べ、神様が旧約の約束を成し遂げられるのを全て見て来て証ししても、当時のエルサレムの牧者たちは、イエス様を異端、悪魔だと言って、信じないで迫害した。
今日、神様とイエス様が新約啓示録を成し遂げられ、開かれた啓示録の本を受け取って食べた(啓10章)約束の牧者が、これを全て見て来て証しをしても(啓 22:8、16)、伝統教会の牧者たちはまた信じず、異端、悪魔だと言って殺そうとする行動、捕まえて閉じ込めさせることなどして迫害した。(啓11章、マタ25章 参考)。旧約の成就の時代でも、新約の成就の時代でも、人から受けた権威で牧師になったら、このようになるのか?
今日の伝統教会の牧者たちは、新約啓示録に対して偽りの証しをし、たくさん嘘をついた。偽りの証しをした者たちは、偽りの牧者である。
しかし、新天地の約束の牧者は、啓10章で啓示の本を受け取って食べて、啓示録成就の現場で見て聞いたことを証した(啓 22:8、16)。事実がこのようであるにもかかわらず、伝統教会の牧者たちは初臨の時、エルサレムの牧者たちが、イエス様にしたように、また新約の約束の牧者に異端だと言った。では、伝統教会の牧者たちは何段なのか?
啓示録が全て成し遂げられれば、すぐに審判がある。審判の時には、その行いに従って本(聖書)に記録された御言葉で審判されるとおっしゃった。(ヨハ12:48、啓20章参考)。
啓示録を加減しても、啓示録に精通した新天地に、異端だと迫害した伝統教会の牧者たちは、審判の時どうするのか?また、偽りの証しで聖徒たちを誤った道へと導いたその罪をどうするのか?聖徒たちから頬を打たれても言い返す言葉がないだろう。
啓示録が記録されてから約2,000年が経ったにもかかわらず、この本の預言の意味とその実体を知る者は、この世に一人もいなかった。今日、啓示録が成し遂げられ、その実体が現れ、新天地の約束の牧者は、啓示録成就の現場で全てを見て聞いたので、啓示録の預言の真の意味とその実体まで精通している。
しかし、カトリックとプロテスタントの牧者たち、神学博士たち、聖徒たちの中で一人も啓示録の預言の真の意味とその実体を知る者はいない。啓22章では、この本を加減すれば、天国に入れず、呪い(災害)を受けるとおっしゃった。ならば、啓示録を加減しても天国に入る者がいるのだろうか?
伝統教会の神学博士と牧者たちは、この言葉に答えてみなさい。事実がこのようであるにもかかわらず、伝統教会の牧者たちは初臨の時、エルサレムの牧者たちがイエス様にしたことと同じように、また新天地を異端だと言い、迫害を止めていない。そのため、新天地は誰が異端で誰が正統なのかを確認するために、カトリックとプロテスタントの牧者たちに、啓示録を基準として公開試験を受けてみようと何度も提案したが、今まで一人も応じなかった。
旧約も新約も、その約束が成し遂げられたら、見て信じてこそ救いを受けるようになる。そのことの起こる前に話したこと(預言)は、それが起こったときに、見て信じるためだとおっしゃった(ヨハ14:29)。今日、新約啓示録が成し遂げられ、その実状(実体)が現れた。新天地の約束の牧者は、啓示録の成就の現場で見て聞いた実状と、啓示の御言葉を証ししている。啓示録を加減すれば、天国に入ることができないとおっしゃった。約束の牧者の証しを聞き、啓示録に精通し、希望する天国に入るようにしよう。

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