イスラエルの意味とイスラエル民族

 


イスラエルは「勝った」という意味である(創32:28)。ユダヤ人たちが勝ったので、イスラエル(肉的イスラエル)になった。それゆえ、イスラエル民族が敵との戦いで負ければ、イスラエルではないのである。

 初臨の時イエス様は、世に勝ったと言われた(ヨハ16:33)。それゆえイエス教は、イスラエル(霊的イスラエル)であり、イエス教徒たちは、霊的イスラエル民族である。また、イエス様は、新約啓示録で何度も「勝利せよ」と願われた。何によって勝つのか?真理で打ち勝った(啓12:10-11参考)。それゆえ新天地は、今日、新約啓示録の成就の時、真理(啓示の御言葉)で敵と戦って勝利して、さらに勝利して、神様の新しい国(霊的新しいイスラエル、新天地イエス教証しの幕屋聖殿)と、新しい民族(霊的新しいイスラエルの民族)となった。今日、新天地は、約束の牧者が孤独に一人で始めて、今は、聖徒数が100万人になる教会になった。イエス様の初臨の時、ユダヤ教の牧者たちが、イエス様にしたように、今日、伝統教会の牧者たちが新天地に「異端、異端」という声を、水をぶちまけるように浴びせてきた。しかし新天地は、休まず走る急行列車のように、力強く走ってきた。そして、走る急行列車を見て、野良犬たちが吠えても列車が止まらず、目的地に向かって走るように、七つのラッパの音で叫び、啓21章の希望の国に向かって走ってきた。

 啓7章で、啓示の御言葉で印を押された12枝派が、啓14章と15章のシオン山(証しの幕屋聖殿)で、新しい歌を歌っていて、ここシオン山には、神様の御座がある。これは啓4章(8節)の約束通り、印を押された者たちに、神様の御座が臨んだのである。世がどんなに「ガリガリガンガン」と叫び立てても、新約の啓示の御言葉を信じる者たちが、神様がおられる啓21章の聖なる都に急速に集まっている。

 新約啓示録の成就の時、救われる聖徒は、啓7章と14章で見た、印を押された12枝派と白い群れだけである。今日、印を押された12枝派を無視して迫害する者たちよ!ここ12枝派144000は、激しい悪風にも倒れずに、天の太陽・月・星々がみんな落ちても、耐えた勝利者たちの新しい国、新しい民族、すなわち、啓示録が成し遂げられる時、啓7章と14章で印を押されて創造された新天地イエス教会である。彼らは、新約啓示録通り創造された御言葉体であり、天の種で生まれた天民である。「今日、この地球村で救われる者が誰か」と聞かれたら、啓7章と14章で創造された12枝派だと話すだろう。この本、啓示録の成就の時のことだ。

 今日、新天地に異端だと言った者たち(伝統教会の牧者たち)に、新天地は新約啓示録を基準とした100問題で公開試験を受けて、正統と異端を決定しようと何度も提案したが、今まで一人も応じなかった。これは、新約啓示録に無知な彼らが、啓示の御言葉で新天地に勝つ自信がないからではないだろうか?では結局、誰が勝ったのか?新天地が真理(啓示の御言葉)で勝ったのである。彼らは、異端と正統が何なのかもわからなかったし、新約聖書の預言もわからなかった。イエス様の初臨の時のユダヤ人の牧者たちのように、知っているのは「異端」という言葉だけだった。では、自分たちが自称正統だと言った言葉は、嘘と脅しであったことがわかる。

 新約聖書の御言葉の外で信仰した者たちが、どうして新約の啓示録の意味と、その実体たちをわかるだろうか?新天地は、新約啓示録の預言のまことの意味と、その実体たちまでも精通する。啓22章に、この本、啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろい(災害)を受けると言われたので、この御言葉が偽りの牧者たちの口をふさいでくれるだろう。

 今日、新約啓示録の成就が完成された後、審判があり、審判の時の基準になる聖書は、新約の四福音書(の預言)と啓示録になるだろうし、この時、審判者は、12弟子(12枝派長)たちになるだろう(マタ19:28参考)。審判される者たちは、罪の有無に従って、各々地獄と天国に行くことになるだろう。高城(京畿道 清平郡)に行くと、天国の模型図を造成しておいたもののうち、天国と地獄の二つの門を見ることができる。

 新約啓示録の預言が完成すれば、審判があるという言葉が記録されたので、審判が二回あるだろう(啓20:4,12)。この時が近づいてきている。この時、今日、迫害した者たちの姿が明らかになるだろう。すなわち、彼らの偽りとまこと、すなわち、罪の有無が全て明らかになるだろう。

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