新天地は啓示録通りに創造されたまことの正統である

 


新天地は、新約啓示録7章と14章で印を押され、12枝派で創造された。新天地は、以前の天、以前の地の人々(啓6章)ではなく、啓6章の事件の後、啓7章で印を押された12枝派である。それゆえ新天地は、新約啓示録通りに創造された、まことの正統たる約束の新しい民族である。

啓示録が記録されて約2千年経っても、この預言は約60年前、東方の地の果ての国、大韓民国果川で初めて成し遂げられ始めた。啓1章で、イエス様が再臨されたことと、啓2-3章で、主の再臨の道を備える七人の使者を立てられた事と、彼らの背教の行為、そして、啓6章で審判された事などが、まず起こった。その後、啓7章から新天地が創造されたのである。なぜ、聖書とその実状を信じられないのか?

その昔、ナザレという町(乞食村)で育ったイエス様のように、私は貧しい田舎の農家で育ち、農業のほかには知っていることがなく、世の中の勉強も多くできなかった。しかし、私はイエス様に選ばれ(啓1:17-19参考)、指示された通り私が見て聞いた事(啓示録の実状と啓示の御言葉)を証しした。神様の御子イエス様が、旧約の開かれた巻き物の本を受け取って食べて(エゼ3章)来て、旧約を成し遂げた事を、イスラエル民族に証ししたように(マタ15:24参考)、私も新約の啓示の本を受け取って食べて(啓10章)来て、新約啓示録通り成し遂げられた事、すなわち私が見て聞いた事を諸教会に証しして来た(啓22:8, 16)。

私のこれまでの信仰生活を振り返ってみる。私は6.25戦争の時、参戦して、最前線の戦場で死ぬしかない立場に置かれていた時、国連軍に発見されて助かった。除隊後すぐに、故郷に帰って農業をしながら、私は残酷な戦争で生き残って来た事がありがたくて、夜ごとに神様に感謝の祈りを捧げた。祈っていたある日、夜に大きな光が3日間、私にやって来て、これを契機に、私は神様に忠誠すると、神様と血で契約を結んだ。

私は罪から救われ、啓10章の啓示の本を受け取って食べ、今日まで私は、私が食べた啓示の御言葉と、その時神様と結んだ血の契約で信仰をし、働いて来た。そして、諸教会に私が見て聞いた啓示録の実状を証しして来たのである。

啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろい(災害)を受けると言われた(啓22:18-19)。新約啓示録通りに創造された新天地は、啓示録に精通する。しかし、伝統教会(プロテスタントとカトリック)は、みんな新約啓示録を加減した。精通した者と加減した者のうち、誰が正統であり、誰が異端だろうか?啓示録を加減した伝統教会が異端である。そして、啓示録の実体までも精通する新天地は、まことの正統である。まことの信仰者ならば、新天地12枝派に所属され、希望する天国と永遠のいのちを得る事を祈る。

コメント