(ルカ17章、啓11章とマタ23章参考)
イエス様は、主の再臨の時のこの世の人の心がノアの時、ロトの時のようだと言われた(マタ24:37-39、ルカ17:26-30)。啓22章には、この本、啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろい(災害)を受けると記録されている。地上のキリスト教の牧者たちが、この聖句をみんな見た。そうならば、今日、キリスト教の現実はどうなのか?キリスト教の各教団の牧者たちは、みんな新約啓示録を加減した。そうしながらも、自分の教徒たちに「イエス様を信じさえすれば、救われる」と断言している。しかし、彼らは啓示録22章の御言葉のように、啓示録を加減したので天国に入れない。
今日、初臨の時の救い主(約束の牧者)であられたイエス様と、その弟子たちが迫害された事(マタ23:29-34参考)について、説教までした各教団の牧者たちは、どうなのか?今、自分たちも、新約の約束の牧者と新天地を迫害しているのではないのか?(啓11章参考)自分たちは、新約啓示録を加減しなかったのか?みんな加減した。では、啓22章の約束を見たところ、「啓示録を加減した者は、天国に入れない」と言われたので、彼らが、どこに行くのだろうか?地獄である。
キリスト教の牧者たちは、みんな「主の再臨の時、救われる」と話している。しかし、主の再臨の時は、末世である。新約聖書には、主の再臨の時の事が詳しく書かれている。初臨の時は、神様の種を蒔く時であり、再臨の時は、その蒔いた種の熟した穀物を収穫する時であり、収穫の時は世の終わり(末世)だと言った(マタ13:39)。末世には、腐敗した一つの時代に対する審判があり、その後、東西南北から収穫された者たちに印を押して、神様の新しい国を創造するようになる(マタ24:29-31、啓6-7章)。今日、新約啓示録を加減した伝統教会の牧者たちが、啓示録をその実状まで精通する新天地に、その昔、初臨の時のユダヤ教の牧者たち(エルサレムの牧者たち)がイエス様にしたように、また異端だと迫害した。それゆえ、新天地がプロテスタントとカトリックに、「新約聖書の啓示録基準で、大衆の前で公開試験をして、誰が異端で誰が正統なのか確認しよう」と、何度も提案したが、今まで一人も応じなかった。プロテスタントとカトリックは新約啓示録を加減して、新天地は精通した。誰が勝利したのか?啓示録には「勝利せよ」と何度も語られた(啓2-3章、啓12章参考)。誰が正統で誰が異端なのか、新約聖書で確認しなければならない。
主の再臨の時は、ノアの時、ロトの時のようである。それゆえ、腐敗した一つの時代が審判されて終わり、神様の新しい国が創造される。この新しい国は、新約啓示録通り創造されなければならない。すなわち、敵である竜の群れと戦って勝利しなければならないし、真理(啓示の御言葉)で戦って勝利しなければならない。そして、神様の種で生まれて、収穫されて印を押されて、新天地12枝派として創造されなければならない。新天地12枝派は、新約啓示録通り創造され、啓示録の預言のまことの意味と、その成し遂げられた実状(実体たち)までにも精通する。アーメン。

コメント
コメントを投稿