新しい天と新しい地、証しの幕屋聖殿(新天地イエス教証しの幕屋聖殿)

 


新約啓示録の成就の時は、新しい天と新しい地、すなわち、新しい国と新しい民族が創造されると約束された。この時は、啓示録に約束された通り、啓6-7章のように、腐敗した以前の世界である以前の天、以前の地が審判されてなくなって、印を押された12枝派が創造される。すなわち啓21章のように創造された新しい国と新しい民族である新しい天と新しい地である。この新しい天と新しい地(新天地)は、万国が来て敬拝する証しの幕屋聖殿である(啓15:4-5)。

 イエス様は初臨の時、旧約の約束通り来られて、旧約を成し遂げられたが、当時のイスラエルは、これを信じられず、神様の御子であり、約束の牧者(メシア)であられるイエス様を殺す事だけに血眼になっていた。新約四福音書と啓示録には、主の再臨の時に新約啓示録が成就される事を教えて下さった。主の再臨の時であり、啓示録の成就の時である今日も、イエス様が約束の牧者を遣わされて、彼を通して啓示録を成し遂げられて、諸教会にその成し遂げた実状と啓示の御言葉を証しさせたにもかかわらず、地上の牧者たちがこれを悟れず、初臨の時のようにまた、約束の牧者を殺そうとした(啓10-11章参考)。この時、マタ24章など、四福音書(の預言)と啓示録通り加減なく成し遂げられたが、信仰者たちが聖書に無知で、これをわからず、初臨の時のように、また迫害にだけ総力を挙げている。彼らは、今日の霊的に目の見えない者たちであり、耳の聞こえない者たちである。欲が考えを妨げていて、証しの御言葉を見て聞いても悟れなかった。

 啓22章には、この本、啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろい(災害)を受けると記録されている。牧師たち、神学博士たち、この本、啓示録を加減しなかったのか?この本、啓示録の預言は一度成就すれば終わりである。もう一度、成し遂げられるのではない。今、地上の牧者たち全員が、みんな啓示録を加減した。目の見えない者が目の見えない者を導けば、二人とも穴に落ちると言った(マタ15:14)。事実がこうであるにもかかわらず、自分の教徒たちに天国に入ると偽りの言葉を教えている。情けない、本当に情けない。

 啓示録が全て成就すると、審判が始まると言われた。伝統教会の牧師、神学博士、教徒たちは、啓示録を加減しても、自分の罪は考えもしないで、聖書の意味もわからないのに、初臨の時のようにまた、新天地に異端だと迫害する事にだけに熱心である。審判の時、啓示録を加減した牧者たちとその教徒たちは、どうするだろうか?また、新約啓示録通り創造されて、啓示録に精通した新天地に、異端だと迫害した偽りの牧者たちは、どうするだろうか?彼らの結果は、地獄の硫黄の火の池である。

 主の再臨の時である今日、救われた所は、啓示録の成就の時、約束通り創造された新しい国、新しい民族である、新しい天、新しい地、すなわち、新天地イエス教証しの幕屋聖殿(啓21:1、啓15:5)だけである。アーメン。

コメント