神様の約束、啓示録の成就

 


主の再臨の時である今日、神様の約束、啓示録が成就され、その実状(実体たち)が現れた。イエス様が、新約啓示録を成し遂げる現場で全て見て聞いた新天地の約束の牧者は、啓示録に精通し、その実状と啓示の御言葉を証ししている(啓22:8,16参考)。

新約の啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろい(災害)を受けると言われた(啓22:18-19)。天国に希望をおくキリスト教徒の皆さん、この本、啓示録を加減しなかったのか?加減したならば、天国に入れず、地獄に行く。伝統教会の牧者たちは、啓示録を加減して、間違って教えながらも、聖徒たちから十一条献金など、献金を受け取りながら、天国に行くとだまして来た。

その昔、初臨の時、神様の御子イエス様が救い主として来られたが、当時のエルサレムの牧者たちは、イエス様を異端、悪魔だと十字架にかけて殺した。新約の成就の時である主の再臨の時は、どうだと言ったのか?啓11章で見たところ、再臨の時もまた、伝統教会の牧者たちが、新約の約束の牧者を殺すと言った(霊的に殺す)。彼らが審判の時、天国に行くだろうか?(啓21:8,27参考)。それでも牧師(牧者)になりたくて、お金を払って神学校に通う。キリスト教の世は、本当に奇妙な世界である。

「死んでもオーライ」という言葉のように、物事の道理もわきまえずに、牧師ならば、無条件みんな天国に行くと思っているのか?啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろいを受けると言われた。新約の啓示録のまことの意味を知らずに、どうしてその実体を知ることができるだろうか?それゆえ、牧師たち神学博士たちは、啓示録を加減しても、教徒たちに天国に行くと偽りを語って来た。偽りを話す者は偽りの牧者であり、悪魔の所属である(ヨハ8:44参考)。このような偽りの牧者たちが、誰に異端と言う資格があるのか?

イエス様が再臨されて、新約の啓示録を成し遂げられて、その事件の現場で見て聞いた約束の牧者が、その実体たちをあかしすれば、今は信じるだろうか?初臨の時のように、また、異端だと迫害するのではないだろうか?今日、伝統教会の牧者たちが、啓示録の実体まで精通する新天地の約束の牧者に異端、悪魔だと、また迫害した。それゆえ新天地は、彼らに大衆の前で公開聖書試験をして(啓示録基準で)、正統と異端を区分しようと、何度も提案したが、今まで一人も応じなかった。事実がこうであるのにもかかわらず、ずっと「異端」という言葉だけ言っている。イエス様の初臨の時と何が違うのか?後ろで「異端」と言うのはやめて、大衆の前で公開聖書試験に応じよ。

今日も、イエス様の初臨の時のように、偽りの牧者が本物であるように行動している。大衆の前で公開聖書試験を受けてみれば、誰が本物の牧者であり、誰が偽りの牧者なのか、確認できるだろう。新天地は、試験で勝つ自信がある。偽りの牧者は神様の敵である。偽りの牧者に従って、新天地に「異端」と言うその教徒たちも、悪魔の種で生まれた偽りの信仰者である。

啓示録を加減しながらも、自称正統と言いながら、啓示録の実体まで精通する新天地に「異端、異端」と言う事は、自分たちの偽りを隠すための手段である。新約啓示録を加減したプロテスタントは、天国に入れない。新天地は、真理(啓示の御言葉)で生まれ、真理で勝利した。

預言が成し遂げられて、その実状が現れたならば、これを見て信じなければならない(ヨハ14:29)。啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろい(災害)を受けると言われた。天国を希望する信仰者ならば、啓示録の実状にまで精通する新天地に来て、聞いて悟って、啓示録に精通して、天国に入るようにしよう。アーメン。

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