新約啓示録に精通するのか、加減した者は裁きを免れることはできない

 


啓示録を加減すれば天国に入れず、呪い(災害)を受けると言われた(啓22:18-19)。この本の預言が記録されてから、約2,000年が経っても、今日までその意味と実体を知る者が、この地球上に一人もいなかった。それで、すべてのキリスト教徒が、この本の預言を加減した。したがって、一人も天国に入る資格者はいなかった。

 今日、イエス様が再臨されて啓示録を成就され、この時イエス様が選ばれた牧者(約束の牧者新しいヨハネ、啓1章)に、啓示録全章の事件を全て見せてくださった(啓22:8)。よって新しいヨハネは、啓示録の預言と、その実体まで精通している。それにもかかわらず、伝統教会(カトリックとプロテスタント)の牧者たちは、新天地と約束の牧者を異端だと言って迫害した。彼らは自分たちの教団の所属以外は、みな異端だと言った。それで新天地がカトリックとプロテスタントの牧者や、その教徒たちに、「誰が異端で誰が正統なのかを確認するために、大衆の前で新約啓示録の100問題で公開試験を受けてみよう」と数回提案したが、2年が経っても一人も応じなかった。なぜ公開試験に応じないのか?勝つ自信がないようだ。そうならば、新天地に異端だと言った言葉は嘘である。知りもしないのに知っているふりをして嘘をついた者たちは皆、偽りの牧者であり、異端である。この言葉が正しいでしょう?

 カトリックとプロテスタントが異端だと言った新天地は、新約啓示録の全章の預言の真の意味とその実体に至るまで、全て精通している。誰が正統で誰が異端なのか、聖書で確認してみなさい。走る急行列車を見て、野良犬がいくら吠え立てても、急行列車は目的地に向かって止まらずに走り続けるように、新天地は全速力で「天国」という目的地に向かって走っている。新天地は新約啓示録通りに創造され(啓7章)、啓示録全章に精通した。しかし新天地を迫害するカトリックとプロテスタントは新約啓示録を加減した。誰が正統で誰が異端なのか?

 「この本、啓示録の預言を加減すれば天国に入れず呪いを受けると、啓22章に明確に書かれています。迫害する方々、新約啓示録を加減しませんでしたか?皆、加減しました。だから天国には入れません。しかし新天地は、新約啓示録の預言の真の意味とその実体に至るまで精通しています。アーメン。来て確認してみてください。」

 四福音書で見ると、イエス様は再臨の時に12弟子たちに裁きを任せると言われた(マタ19:28参照)。この時、偽りの証しをした者たちが、裁きを受けないと言ったらどうするのか? 今の彼らの様子を見ると、裁きを受けようとはしないだろう。ではどうしようか? 聖書は廃棄されるものではないと言った(ヨハ10:35)。新約聖書の啓示録によると、啓示録成就の時には裁きがあると書かれている(啓20章)。今のカトリックとプロテスタントの聖書知識は、初等レベルにも及ばないように見える。しかし啓22章には、この本(啓示録)を加減すれば天国に入れず呪いを受けると記録されている。

 カトリックとプロテスタントの牧者の皆さん、新約啓示録に精通しているのか? 新約啓示録の成就の時、啓1、2、3章で手紙を書いた者とその手紙を受け取った者について知っているのか? また啓6章で裁きを受けた太陽・月・星を知っているのか? 啓7章と14章の、印を押された12枝派14万4千人を知っているのか? その人々を見たのか?

 イエス様の初臨の時の牧者たちがイエス様に異端、悪魔だと言った。今日、カトリックとプロテスタントの牧者たちが、開かれた啓示録の本を受けて食べて証しする、新天地の約束の牧者に、異端、悪魔だと言って迫害した。この牧者が異端ではなく、約束の牧者であると知ったら、裁きの時に彼らは何と弁解するのか? 今のキリスト教界の現実を見たところ、カトリックとプロテスタントの牧者たちの聖書知識は話にならない。「異端、悪魔」だという言葉は、新天地がカトリックとプロテスタントに言うべきであるくらい、彼らは腐敗しており、新約聖書に無知のようだ。新天地は新約啓示録が成就した実状と、啓示の御言葉に精通している。啓示録成就の時は、この実状と啓示の御言葉が真理である。真理が非真理になることはなく、真理が異端になることもない。

 新約啓示録100問題で大衆の前で公開試験を受けてみれば、偽物(異端、非真理)と本物(正統、真理)が明らかになるだろう。また偽りの牧者たちが、偽りの証しをしたことも明るみに出るだろう。新天地は新約啓示録通りに創造され、啓示録に精通し、真理すなわち啓示の御言葉を証ししている。したがって新天地は真の正統である。アーメン。

 啓示録成就の時、啓示録を加減した者たちは裁きを免れることはできない(啓22:18-19参照)。

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