新天地が啓示録通りに創造された証しは、印を押された12枝派である

 


私が主の御心により、プロテスタントに問う。果たして、イエス様が約束された新しい契約、啓示録の約束を守り、その御心どおりに行ったのか。神様の約束(啓7章)どおりに印を押され、12枝派として創造されたのか?イエス様が啓示録を成就される現場で、全て見て聞いたのか?新約啓示録を加減せず、精通しているのか?プロテスタントは啓7章のように印を押され、12枝派として創造されたこともなく、新約啓示録成就の事件を見て聞いたこともない。ゆえにプロテスタントの牧者たちは、啓示録を加減した無知な偽りの牧者たちである。

この世の神学校を卒業したプロテスタントの神学博士たち、牧師たちとその信徒たちは皆、この本啓示録を加減した。しかし、プロテスタントが異端とした新天地の約束の牧者と聖徒たちは、神学校の門前にも行かず、プロテスタントの教会で学んだこともないが、新約啓示録の全章の預言の真の意味と、その実状までも精通している。これを見て、神様とイエス様と御使いたちがどこに、誰と共におられるかを知るであろう。

イエス様の初臨の時、エルサレムの牧者たちがナザレのイエス様を異端、悪魔と呼んだように、今日(イエス様の再臨の時)もプロテスタントの牧者たちは、啓示録に精通する新天地に、また異端だと言った。しかし今日、イエス様を異端と呼ぶ者はいない。新天地が異端なら、なぜ異端なのか、聖書からその証しを示せ。

新天地はプロテスタントの牧者たちに、誰が異端で誰が正統かを確認するため、新約啓示録を基準に大衆の前で、公開聖書試験を受けようと幾度も提案したが、未だに一人も応じなかった。これは、彼らが新約啓示録に無知であるためと思われる。では、誰が真理で勝ったのか?

啓示録を加減すれば天国に入れず、呪い(災難)を受けると言われたが、新約啓示録を加減したプロテスタントの牧者たちとその信徒たちは、審判の時どうするのか?審判の時、偽りは通用しない。今からでも遅くないので、悔い改めて新天地に来て、啓示録を学び精通する方が良いのではないか?

最近では世の牧師たちが、新天地の御言葉集会に多く集まってくる。その理由は何だろうか。新天地は、新約啓示録の預言の真の意味だけでなく、その実体までも精通しているからであり、真理(新約の啓示の御言葉)があるからではないか。肩書きだけ「神学博士、牧師」と言うのではなく、新天地のように新約啓示録の実体まで加減なく精通してこそ、真の神学博士、牧師と言えるだろう。そうすれば、その信徒たちが新約啓示録を学ぶために新天地に行かなくなるだろう。それほどプロテスタントの牧師たちが、新天地に異端だと日夜叫んでも、新天地は急成長を続けており、プロテスタントは信徒数が減少し、衰退している理由が何であるか分かるだろう。

この本、啓示録を加減すれば天国に入ることができず、呪い(災難)を受けると啓22章に記録されている。しかしプロテスタントは牧師も、神学博士も、その信徒たちも皆、啓示録を加減し、啓7章の印を押された12枝派に登録されなかった。しかし新天地は皆、新約啓示録を加減せず精通し、啓7章の印を押された12枝派に登録された。これが新天地とプロテスタントの異なる点である。

新天地が啓示録通りに創造された証しは、印を押された12枝派に登録されたことである。印を押された者は新約啓示録に精通する。神様の約束の新しい国、新しい民族である新天地は、世の万民が救われるように、新約啓示録の実状とその啓示の御言葉を伝えている(啓22:1-3参照)。

新天地は、地球村の戦争終結と平和のためにも努力している。新天地の約束の牧者は、世界的な民間平和団体であるHWPLを創設し、平和の使者となって、地球を32周も回りながら平和と自由を叫んできた。40年の宗教紛争で、約12万人が犠牲になったフィリピン・ミンダナオの紛争を終結させ、そこに自由と平和をもたらした。啓21章のように、新天地12枝派に霊界の天国と神様が臨まれれば、死と苦しみがない永遠のいのちと平和の国が来るであろう。新天地はその日が来る時まで、地球村の平和と自由のために努力を続けていく。

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