私は新約聖書が言う誰なのか

 


 私は、新約の四福音書(の預言)と啓示録に約束された、約束の牧者として来た。それゆえ私は、啓1章から22章までに登場する背教者たち、滅亡者たち、救い主たちについて全て見て聞いた(啓22:8)。確認しなさい。

新約啓示録には、この本(啓示録)を加減すれば、天国に入れず、呪い(災害)を受けると仰った(啓22:18-19)。

 「キリスト教徒の皆さん、新約啓示録を加減しませんでしたか?皆、加減しました。牧者たちは、これ以上偽りを言わず、聖徒たちは、牧者の偽りをこれ以上、信じないでください。牧者たちが偽りと偽りの証しをしてきた事実は、新約啓示録を基準にして、公開試験をしてみれば、確認できるはずです。我々新天地は、公開聖書試験を受けようと言うなら、いつでも応じます。」

 新天地は、新約啓示録の預言の真の意味と、その預言が成就した実体に至るまで、全てに精通している。イエス様の初臨の時のように、今日も新約時代の牧者たちは、表面上は信じているふりをしているが、その裏面を見ると、皆が啓示録を加減した。イエス様の初臨の時、エルサレムの牧者たちが、当時のユダヤ人に、イエス様を異端だとして行かせなかったように、今日も、伝統教会の牧者たちが、自分の聖徒たちが新天地の啓示の御言葉を信じないように、新天地を異端だと言って行かせなかった。それで新天地は、誰が異端で誰が正統なのかを確認するために、伝統教会の牧者たちに、啓示録の基準で大衆の前で公開試験をしてみようと提案したが、未だに1人も応じていない。これは彼らが勝つ自信がないからではないのか?ゆえに、新天地は試験に勝った。新天地は真理(啓示の御言葉)によって、この世に打ち勝ったのである。

 現在のキリスト教界は混沌の中にある。内側は腐り、暗くなっているにもかかわらず、表向きは聖なる義人のように威張って、新天地に『異端』という言葉で迫害しながら、自分たちの無知を覆い隠す偽装行動をしている。新天地は、新約啓示録に精通し、プロテスタントとカトリックは、啓示録を加減した、偽りの信仰者であることが明らかになった。だから、悔い改めて、真理(啓示の御言葉)に従順すれば、毎月十二種の実を結ぶいのちの木の実を食べることができる。

 新天地は、公義公道の神様の国であり、新約啓示録をその実状までも精通した。天国を望む信仰者なら、啓示録に精通する新天地に来てこそ、天国に入ることができる(啓22:18–19)。「私は、新約聖書が言う誰なのか?」新約啓示録で確認してみなさい。そして自分自身を知りなさい。プロテスタントとカトリックは、一様に啓示録を加減した。それゆえ天国に入れないのである。

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