啓22章には、啓示録を加減れば天国に入れず、呪い(災害)を受けると仰った。国内外のキリスト教徒たちは啓示録を加減しなかったのか?
神様と聖書は絶対に嘘をつかれない。新約啓示録の成就の時は、約束された通り、この地で地獄と天国が真に成し遂げられる。そして、誰が救われて天国に行き、誰が救われず地獄に行くのか区分される。
国内外のキリスト教徒たちは、啓示録の約束について無関心なようだ。皆が一様に啓示録を加減しても何の心配もしていないからだ。また、天国と地獄についても知らないようだ。
今日の信仰者なら、イエス教の新約聖書を必ず読んで、その中で自分を確認し、約束通りに信じて履行しなければならない。啓22章で約束の御言葉である啓示録を加減すれば、天国に入れず、呪いを受けるとおっしゃった。 この約束を信じるのか?
キリスト教徒の皆さんは、新約聖書(啓示録)を加減しなかったのか?私が見たカトリック教徒たちとプロテスタント教徒たちは皆、啓示録を加減した。それにもかかわらず、イエス様の初臨の時、エルサレムの牧者たちがイエス様に異端だと言ったように、今日の伝統教会の牧者たちが、啓示録に精通する新天地に異端だと言った。これが今日のキリスト教の現実である。それゆえ、新天地はカトリックとプロテスタントに、誰が異端なのかを確認するために、大衆の前で新約聖書の啓示録を基準に公開試験を受けてみようと数回提案した。しかし、まだ一人も応じていない。
新天地と天が見たカトリックとプロテスタントは皆、一様に啓示録を加減した。しかし、プロテスタントとカトリックが、異端だと言った新天地は、啓示録の実状までも精通する。そして新天地は啓7章、14章のように収穫され、啓示の御言葉で印を押されて、12枝派に所属し、ここに神様とイエス様が共にされる(啓14:1-5)。ならば、誰が異端だというのか?
新約啓示録の成就の時、印を押された12枝派に所属して、啓示録に精通する者たち(新天地)は救われるが、12枝派に所属できず、啓示録を加減した者たち(プロテスタントとカトリック)は救われない。 これが新約啓示録の約束である。 アーメン。

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