新約の啓示録の約束の牧者と啓示録が成し遂げられたその実体

 


 新約の啓示録の約束は、啓2-3章の約束と同じで、戦って勝利するべき対象は、啓12章の七つの頭と十本の角を持った赤い竜である。そして、この本、啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろい(災害)を受けると、啓22章に約束されている(啓22:18-19)。

 新約啓示録(預言)は、腐敗した一つの時代が終わって、新しい一つの時代が創造される(啓21章)「審判と再創造」の設計図である。設計図を見ても、その意味をわからなければ、また、新約啓示録を加減すれば、天国も永遠のいのちもわからず、天国に入れないと、啓22章は証ししている。伝統教会の牧者たちは、啓示録を加減しなかったのか?口先だけの偽りの信仰より、預言が成し遂げられた実状を知って守る実践の信仰をするべきだろう。

イエス様の初臨の時、旧約の預言に無知なエルサレムの牧者たちが、約束の牧者であるイエス様に、かえって異端、悪魔と言った。新約の時代である今日、新約の預言の啓示録に無知なプロテスタントとカトリックなどの伝統教会の牧者たちが、その昔、初臨の時のエルサレムの牧者たちが、神様が遣わされたイエス様に異端と言ったように、また、神様の約束の新しい国新天地と、約束の牧者を異端と言った。それゆえ、新天地が新約啓示録を基準とした100問題で、一緒に公開試験をして、異端と正統を区分しようと提案したが、今まで一人も応じなかった。

 彼らが勝利する自信があれば、なぜ、応じなかっただろうか?これは、結局、新天地が真理(啓示の御言葉)で、伝統キリスト教の世に勝利した事を語ってくれるのである。牧者たち自身も新約聖書をわからないのに、誰を教える事ができるだろうか?口では自称正統と言うが、その行動を見ると、無知な異端であった。新約啓示録が成し遂げられて実状が現れた今、啓示録全章のまことの意味とその実体たちを知らない者たち、啓示録を加減した者たちは、全てみな偽りの牧者だという証拠である。まことの信仰を願って、啓示録全章の事件とその実体を知ろうとする者は、新天地イエス教会の宣教センターに来て、学べばわかるだろう。

● 新約啓示録の成就の実状の証人、約束の牧者の出現、そして、啓示録の成就の実体である新天地12枝派の出現

 この本、新約啓示録が記録されてから約2000年たっても、この地球村では、この本、啓示録のまことの意味と実状を知る者は、一人もいなかった(啓5:3参考)。これは、今日まで、神様が七つの封印で本を封じて、右の手に持っておられたからである。この証しの言葉が事実なのか、違うのか、新約聖書の御言葉で自分自身に聞いてみよ。

 今日、時になって、イエス様が新約啓示録を成し遂げられ、成し遂げる時、新約に約束された一人の人が、そばで啓示録全章の事件を全て見て聞いたので(啓22:8)、この本のまことの意味とその成し遂げた実状を知る者は、唯一約束の牧者一人だけである。わかるのか?見たのか?聞いたのか?この本を加減すれば、天国に入れず、のろいを受けると言われた(啓22:18-19)。加減した者たちは、神様の命令に従わない者たちであり、異端である。それゆえ、この本を加減した地球村の全ての牧者たちは、天国に入れず、のろいを受ける者たちである。

 「牧師の皆さん、この言葉が正しいですか?違うならば、私が間違って話したのですか?地上の牧師の皆さんが、啓示録を加減しても、自分の教会の聖徒でなければ、全て異端だと言いました。新約啓示録を加減しても、啓示録に精通する新天地に異端だと言う牧師の皆さんは、「何端」ですか?」

 伝統教会の牧者の皆さんが異端だと言った新天地は、新約啓示録の預言のまことの意味とその成し遂げられた実体たちまでも精通する。新約啓示録の基準で公開試験をしてみれば、これを確認する事ができるだろう。新天地が見たプロテスタントとカトリックは、嘘つきであり、新約啓示録を加減した者たちである。プロテスタントとカトリックなど、伝統教会の牧者たちは、偽りの牧者たちであり、新天地の約束の牧者は、新約啓示録の約束通り、神様が遣わされた牧者である(啓2-3章、啓10章、啓22:8,16参考)。そして、新天地12枝派は、新約啓示録の成就の時、約束通り出現した神様の新しい国、新しい民族である。これは、啓示録の約束通り創造された「神様の約束の新しい国」の実体である。新約の四福音書の預言と新約の啓示録が、これをあかししている。このあかしはまことの言葉である。新約聖書で確認してみよ。

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