- 牧師、神学博士になるより、啓7章のように印を押される事がもっと良いだろう-
初臨のイエス様は、この地に来られて、「天国に入るためには、新しく生まれなさい」と言われた(ヨハ3:3-5参考)。再臨の時であり、啓示録の成就の時である今日、牧師たちと神学博士たちは、神様の種で新しく生まれたのか?啓7章、14章のように、収穫されて印を押されて、約束の国12枝派に登録されたのか?審判が始まる時に来て、ルカ13章のように、「(天国の)門を開けて下さい」という者になってはいけない。啓示録の審判の時には、新しい天、新しい地(新天地)に来てこそ救われて、マタ13章で見たように、イエス様の畑から収穫されなかった者は、地獄行きになると言われた。なぜ、この御言葉を信じないのか?
新約啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろい(災害)を受けると言われた(啓22:18-19)。では、新約啓示録に精通して、守って行った者が地獄に行って、新約啓示録を加減した者が正統になって、天国に入るだろうか?啓示録の成就の時である今日、新約啓示録を聞いて、新しく生まれなければ、12枝派(啓7章)に所属できず、啓示録を加減した者になって、天国に入れず、地獄の判決を受けるようになる。
なぜ、新約聖書(啓示録)を信じないのか?それほど待っていた新約啓示録が、今日、成し遂げられている。初臨の時のエルサレムの牧者たちのように、今日も、預言通り成就された実状を、また信じられなければ、地獄行きになる。お金と権威は信じながら、永遠のいのちの御言葉は、なぜ信じないのか?牧師、神学博士になるより、啓7章のように、印を押される事がもっと良いだろう。「牧師、神学博士」という名前で天国に入るかどうかを、見守るつもりである。集会をして何になるのか?(永遠のいのちの御言葉を)信じないのに…。「この言葉が正しいですね?」
啓22章に、新約啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろいを受けると言われた。牧師たちと神学博士たちは、啓示録を加減しなかったのか?みんな加減した。それゆえ、このままでは天国に入れず、のろいを受けるようになる。神様の種で新しく生まれるのか、新しく生まれないのか?悔い改めなければならない。終わりの時である審判の時には、神様の種(啓示の御言葉)で新しく生まれて、啓7章の12枝派に登録されて、新約啓示録に精通した者たちだけが、救われるようになる。この言葉が「異端」なのか?
今は、啓示録成就の時である。この時、天国に希望をもつ牧師たち、神学博士たちと全ての信仰者は、みんな啓示録の約束通り再創造されなければならない。それゆえ、神様の種で新しく生まれて、収穫されて、印を押されて、約束の国12枝派に所属されて、啓示録に精通してこそ、天国に入れる。アーメン。

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