天地創造主、神様の約束(新・旧約聖書)の御言葉は、まことの言葉であった。そして、神様が将来に成し遂げられる秘密である。それゆえ、比喩とたとえで記録された事が多く、人々が見ても悟れない事が多い。新約啓示録が記録されてから約2000年になっても、今日まで信仰者たちのうち、一人もその意味と実状を知る者がいなかった。これは、神様が比喩とたとえで隠して置かれたからである。
イエス様が初臨で来られて、旧約を成し遂げられる時までは、誰もその預言の実体がわからなかったように、新約啓示録もそうであった。このように、隠しておかれた理由は、マタ13章でのように、敵がわからないようにするためであった。それゆえ、神様が約束された本、啓示録は、これを成し遂げる時まで、七つの封印で封じておかれたのであった。それゆえ、今日、新約啓示録を成し遂げる時まで、その意味と実体を知る者がいなかった。
人々は、神様の御心も聖書も、自分自身もよくわからないでいる。腐敗した人は、自分自身を信じられず、神様の御心も聖書も信じない。このように、約2千年間、誰も新約啓示録を知りも信じもしない中で、今日、時になって、神様がイエス様を通して「新約啓示録」を成し遂げられる事で、比喩で隠しておかれた秘密の実体が現れた。この時、腐敗した人生が、どうして、これを見て聞いて悟る事ができるだろうか?それゆえ、天の御心も、その実体もわからず、信じなかったのである。しかし、神様が約束された預言を成し遂げられる時は、その事件の現場で見て聞いて証しする(啓22:8,16のように)人を通して、その御心と実体が、わかるようになると言われた。この人(約束の牧者)が証しする御言葉が、約束された神様の啓示の御言葉である。
地上の牧師たちは、新約啓示録を知らず、加減しながらも、これを隠している。これは、自分の威信を守るため、自分の無知をさらけ出さないようにするためであり、また、自分が偽りの証をした事が明らかになることを恐れているためと思われる。
神様が約束された新約啓示録が、今日、約2000年ぶりに成し遂げられた。イエス様は、新約啓示録を成し遂げられて、選ばれた一人の牧者(啓1章参考)に見せて下さり、教えて下さって、その見て聞いた事を諸教会に伝えなさいと言われた(啓22:8,16)。それゆえ、新天地の約束の牧者は、啓示録の成就の現場で見て聞いた事を諸教会に証ししている。約束の牧者が証しする啓示の御言葉を聞いて悟って、加減なく信じる者は、天国に入ることになる(啓22:18-19参考)。アーメン。

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