今の時は新約啓示録の成就の時だ。この時、私は新約聖書が言う誰なのかを確認してみなければならない。
「私は新約聖書の啓示録通りに創造されたのか? 私は啓示録に精通したのか、それとも加減したのか?(啓22:18-19参照) 私は神様の種で生まれたのか、悪魔の種で生まれたのか?(マタ13章参照)」これを確認してみたのか?
啓22章で見たところ、啓示録を加減すれば天国に入れず、呪い(災難)を受けると言われた。しかし、プロテスタントとカトリックは、新約啓示録全章を加減した。これでも天国に行くというのは嘘である。
新天地は、新天地を異端だと言うプロテスタントとカトリックに「啓示録全章を基準に公開聖書試験を大衆の前で行い、異端と正統を区別しよう」と何度も提案したが、これまで一度も応じたことがなかった。これは、彼らが聖書、特に啓示の御言葉では、新天地に勝てないため、公開試験に応じなかったと見られる。プロテスタントとカトリックは、聖書の外で信仰したため、新約聖書に無知であり、新天地は聖書の中で信仰したため、新約聖書に精通する。聖書の外で信仰した者は異端であり、聖書の中で信仰した者は正統である。この言葉が合っているのではないのか?聖書で答えてみなさい。
新天地は四福音書(の預言)と新約啓示録の預言と、その成し遂げられた実体までも精通した。しかし、プロテスタントとカトリックは、新約啓示録の預言とその実体を知らないので、加減して、偽りの証しをしてきた。この言葉が信じられないなら、プロテスタント⋅カトリックと新天地が、一緒に大衆の前で、公開聖書試験を受けてみれば分かるだろう。新天地は新約聖書通りに、神様の種で再び生まれ、新約啓示録通りに再創造された。そして、新約啓示録に精通した。確認してみなさい。
聖書的根拠もなく「正統、異端」と言うのはやめて、大衆の前で新約啓示録の公開試験を行い、正統と異端を区分しよう。啓示録を加減したら天国に入れず、呪いを受けると言われた(啓22:18-19)。伝統教会の牧者たちと教徒たちは、啓示録を加減しなかったのか? 皆、加減した。
今日、啓示録が成し遂げられている 。天国を希望する信仰者ならば「私は新約聖書の啓示録が言った誰なのか、私は神様の種で生まれたのか、私は啓示録通りに創造されたのか、私は啓示録を加減せずに精通したのか」を確認してみなければならない。そして、新約啓示録通りに創造され、新約啓示録に精通する新天地12枝派に所属して、啓示録を悟り、信じて守り、天国と救いに至るようにしよう。
アーメン。

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