神様は啓示録を加減なく成し遂げられる

 


 神様は、約束された事を全て成し遂げられる(イザ14:24、マタ5:18)。今日、神様は、新約の啓示録も加減なく全て成し遂げられる。

 「キリスト教の聖徒の皆さん、啓示録を加減しませんでしたか?啓22章18-19節を見て下さい。啓示録を加減した者は、天国に入れないと言われました。」

 我が新天地は、頻繁に啓示録全章の試験をする。啓示録を加減すれば、天国に入れないからである。天国に入る事ができる資格を備えようとすれば、啓示録に精通しなければならない。

 新天地に異端だと言うカトリック・プロテスタントの牧者たちに、誰が異端なのか確認するため、新天地と一緒に、啓示録を基準に公開聖書試験を受けてみようと、何度も提案したが、今まで牧者たちのうち、一人も応じなかった。まるで雄犬たちがしっぽを深く隠して、隠れているように。この言葉が事実ではないのか?自分の教徒たちが、真理を探して新天地にたくさん行くので、新天地に「異端、異端」と言うだけではなく、どんな点が異端なのか、聖書で指摘しなければならない。新天地が見るには、カトリックとプロテスタントが異端である。新天地は彼らが異端である事を、聖書的に指摘した。「無知な異端どもよ。何が異端であり、何が正統なのか、正しく知ってから言え。啓7章のように、印を押されなかった者たちは、みんな異端である。」

 カトリックとプロテスタントは、自称正統だと言いながら、自分たちが異端だと言った新天地に、公開聖書試験で、なぜ勝利する自信がないのか?啓2-3章と12章に見たところ、イエス様は、勝利せよと言われたし、勝利を得る者が約束した福を受けて、また、勝利する事で、神様の国と救いがあると言われた。今、新天地は真理で勝ち、カトリックとプロテスタントは負けた。この言葉が事実ではないのか?

 プロテスタントの教徒たちに、一つ質問する。「神様が大きいですか、自分の教会の牧師が大きいですか?」このように質問する事は、教徒たちが神様の御言葉より、自分の牧師たちの言葉をもっと恐れているようだからである。また、牧師たちの中にも、新天地がプロテスタントより聖書(特に啓示の御言葉)の知識レベルがもっと上にある事を知りながらも、自分のご飯の糧、すなわち生計のため、自分の教会と教徒たちを捨てて、新天地に来られない者たちがいるようである。しかし、新約啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろい(災害)を受けると言われた(啓22:18-19)。新天地が、新約啓示録で公開聖書試験を受けてみようと言っても、一人も応じなかった事を見ると、地獄よりも自分の威信が落ちる事をもっと恐れているようである。

 今日、神様は啓示録を加減なく、全て成し遂げられる。新天地は、啓示録通り加減なく創造され、啓示録に精通する。それゆえ、啓示録の預言とその実体までもあかしする。天国に希望を持つ信仰者なら、新天地のあかしを聞いて、悟って、新天地12枝派に所属されて、希望する天国に入る者になろう。アーメン。

コメント