旧約聖書には、イエス様が救い主(メシア)として来られることについて預言されている。イエス様は初臨の時に来られ、旧約を全て成し遂げられた(ヨハ19:30)。イエス様は旧約の預言通りに来られ(イザ7:14→マタ1:18-23、ミカ5:2→マタ2:1-6)、神様の種を蒔かれた(マタ13章)。また新しい契約をされ(ルカ22:14-20)、再臨の時に成し遂げる預言をされて、すぐにまた来られて、収穫され、神様の新しい国、新しい民族を創造することを約束された。そして、人々の罪のために十字架を背負い、死なれた(マタ27章)。
よって、イエス様が再び来られて、初臨の時に蒔いた種の熟した穀物を収穫され(マタ13章、啓14章のように)、啓7章のように新しい国を創造された。またイエス様は主の再臨の時に、信仰を持った者を見られるだろうかと仰った(ルカ18:8)。そして約束された新約啓示録を加減すれば、天国に入れず、呪い(災害)を受けると仰った(啓22:18-19)。しかし今、カトリックとプロテスタントは、同じように皆、新約啓示録を加減した。従って天国に入れない。それにもかかわらず、今日、カトリックとプロテスタントの牧者たちは、啓示録をその実状まで精通している新天地に、初臨の時のユダヤ教の牧者たちが、イエス様に対してしたように、再び異端であると言った。
新約啓示録に精通している者が異端であるのか、加減した者が異端なのか? よって、これを確認するため、新天地がカトリックとプロテスタントに、新約啓示録を基準とした公開聖書試験を、大衆の前で受けてみようと何度も提案したが、未だに1人も出てこ(応じ)ないで、しっぽを深く隠している(姿を見せず隠れている)。これは結局、新天地が試験において、真理(啓示の御言葉)で勝ったことを言っている。誰が異端であり、誰が正統なのかは、新約啓示録の公開試験を受ければ、現れるだろう。主の再臨の時は、啓示録に精通しているのか、加減しているのかによって、神様の国と民族、すなわち「正統」と「異端」が区分される(啓22:18-19参考)。
新天地は、新約啓示録が成し遂げられる、主の再臨の時創造された、新しい国と新しい民族である。この時、啓7章と14章で、印を押された新天地12枝派以外に、救われる者はいない。新約啓示録通りに創造された新天地に対し、異端と言う者こそ、真の異端である。新天地以外のプロテスタントとカトリックは皆、啓示録を加減した。新天地は神様の種で生まれ、啓7章、14章のように、収穫され、印を押され、神様の新しい国12枝派として創造された。確認してみなさい。新天地は啓示録に精通し、真理で世の中に勝った。

コメント
コメントを投稿