新しい天と新しい地(新天地)の創造

 


 啓示録成就の時には、以前の天と以前の地がなくなり、新しい天と新しい地(新天地)が再創造されると、啓21章に記録されている(啓21:1)。

 この本、啓示録を加減すると、天国に入れず、呪い(災害)を受けると仰った(啓22章18-19)。キリスト教徒の皆さんは、この本、啓示録を加減しなかったのか? 確認してみなさい。

 啓示録を加減したキリスト教徒たちが、異端だと言った新天地は、新約啓示録に精通した。誰が誰に異端と言うべきなのか? 昔、初臨の時、エルサレムの牧者たちがイエス様に異端だと言ったが、再臨の時である今日では、また伝統教会(カトリックとプロテスタント)の牧者たちが、新約啓示録に精通する新天地に異端だと言うのか?これが昔も今日も、牧者たちの無知から出た悪行であった。それゆえ、新天地はカトリックとプロテスタントに、新約啓示録を基準に公開聖書試験を大衆の前で行って、誰が正統で誰が異端なのかを確認してみようと、数回提案したが未だに一人も応じていない。

 今のキリスト教徒たちは、真理で再び生まれ変わらなければならない。今の状態では一人も救われる資格者がいない。悔い改めなさい。悔い改めなさい。悔い改めなさい。

 啓示録の成就が完成すれば、すぐに審判が行われる。この時、自分の聖徒が地獄の判決を受けたらどうするのか? 今、伝統教会の牧者たちが啓示録の試験を受けるなら、何点もらえるだろうか? これでも牧者だから、天国に入れてくれるのか? 新約啓示録を加減しなかったのか? 地上の牧者たち全員が加減した。これでも新約啓示録に精通する新天地が異端なのか? それとも、啓示録の全章を加減したカトリックとプロテスタントが異端なのか?非良心的な嘘は捨てて悔い改めて、低くなり、再び生まれてこそ救われる。このままでは救われない。

 カトリックとプロテスタンは一様に啓示録を加減した。よって、高慢な心を捨てて低くなり、公開聖書試験に応じなさい。神様と聖書は欺くことができない。

 今日の新約、啓21章のように、以前の天と以前の地がなくなり、新しい天と新しい地が創造された。新天地12枝派は新約啓示録通りに創造され、啓示録に精通した。新天地12枝派に所属してこそ、救われる。

 啓示録は新しい契約であり、約束だ。この本、啓示録の預言は加減なく、この通り成し遂げられる。啓示録成就の時は、以前の天と以前の地がなくなり、新しい天と新しい地が再創造される時であり、人も新約啓示録通りに再創造される時だ。啓6章の後、啓7章と14章のように成し遂げられる。この時は新約啓示録通りに創造された者だけが生き残るだろう。啓示録成就の時はノアの時、ロトの時と同じ時である。この時、避難所はただ新約聖書の中にだけある。神様と聖書は嘘をつかない。皆が悔い改めて、新約啓示録の中に入ってこそ、救われるだろう。

 啓18章のバビロン審判が成し遂げられれば、すぐに19章の霊肉結婚があり、20章のように殉教した霊たちと生き残った者たちが第一の復活に預かることになり、神様をお迎えして天国で共に暮らすことになる。

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