神様の働きである聖書を見てみると、神様は一つの時代が腐敗する時、新しい時代を再創造された。新約聖書(特に啓示録)も、これを約束されており、すなわち、新約啓示録の成就の時には、以前の天と以前の地がなくなり、新しい天と新しい地が創造されることを約束された(啓6章と7章、21章 参照)。
啓6章は一つの時代が終わる事を言ったのであり、啓7章は以前の天と以前の地がなくなった後、新しい天と新しい地を創造されることを約束されたのである。しかし、この約束が成就されても、この世は食べたり飲んだり、めとったり、嫁いだり、売ったり買ったりして、前日と変わりないことを教えてくださった(マタ24:37-44、ルカ17:26-30参照)。聖書の知識がなければ、この預言が成し遂げられたことを人々が見ても、よく分からないだろう。したがって、この出来事は世の戦争ではなく、宗教的な出来事であることがわかる。
啓示録は、腐敗した一つの時代の終末を言ったのであり、またこの一つの時代が終末を迎えて、なくなる時、新しい時代が創造されることを言ったのである。啓示録7章の出来事の以前と以後、すなわち終末と新しい時代の創造について記録したものである。記録された終末(末世)も、新しい時代の再創造も、宗教的・霊的な末世であり、再創造であり(マタ24章参照)、記録された戦争も世の戦争ではなく、宗教的・霊的な戦争である。この出来事により、世の中も混乱に陥るであろう。
アダムの世界が終わり、ノアの世界があり、ノアの世界が終わり、アブラハムとヤコブの世界、モーセの世界があり、その後、イエス様の初臨の世界と再臨の世界が存在してきた。今は、イエス様の再臨の時代と啓示録の成就の時代を迎えている。これを信じるなら救われ、信じなければノアの時のように裁きを受けることになるだろう。
今日、神様の預言、啓示録が成就されて、これは一つの時代の終末と、新しい時代の再創造を知らせるものである(啓6-7章、啓21:1)。新天地12枝派が出現したことは、新しい時代を知らせることであり、新天地は新しい時代の始まりを見せている。今は新天地の時代である。この言葉を無視すれば、救われない。それゆえ、「私は新約聖書が言った誰なのか? 私は新約聖書の啓示録通りに創造されたのか? 私は背教者・滅亡者、救い主、この三つの存在のうち、どこの所属なのか?」を確認しなければならない。末世論を語るこの本、啓示録の約束の御言葉を悟れない者は救われないであろう。ゆえに、「私は真に新約啓示録通りに、救い主の所属として創造されたのか?」を確認、また確認しなければならない。アーメン。

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