アダムの世界と啓示録成就の時代

 



 天地と万物を創造された神様は、アダムとエバに「園のどの果実でも思いのまま食べてよい。しかし、園の中央にある善悪の知識の木の実は食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」と言われた。しかし、エバとアダムが禁止された、この善悪の木の実を食べたことで、人類世界に罪と死が入った。よって、このことを回復するために、イエス様が初臨の時に来られて、十字架を背負われた。

 そしてイエス様は、再臨されることと、再び来て成し遂げる事々を、新約聖書の啓示録に預言された。しかし、今日のキリスト教世界は、イエス様の約束である、新約啓示録の預言を知って、守っているのか? この預言の御言葉を加減すれば、天国に入れず、呪い(災害)を受けると、啓22章18ー19節で警告された。しかし今日のプロテスタントとカトリックは皆、新約啓示録を加減した。それにもかかわらず、啓示録に精通している新天地に異端だと迫害した。したがって、誰が異端なのかを確認するために、新天地がプロテスタントとカトリックに、公開聖書試験を大衆の前で受けようと、何度か提案したが、いまだに1人も応じていない。プロテスタントとカトリックが異端だと言った新天地は、啓示録の実状までも精通した。しかし、啓示録を加減したカトリックとプロテスタントは、聖書の約束通り、天国に入れない。このような者たちが、誰を異端だと言う資格があるのか?新天地は真理で世の中に勝った。アーメン。

 今日、新天地がマタ13章のように、神様の種と悪魔の種とその所属について証ししたが、悪霊の国であるバビロンに属した者たちが、イエス様の初臨の時、エルサレムの牧者たちがイエス様にしたように、また異端だと言って、信じなかった(マタ13章、ルカ13章 参考)。悪魔の種で生まれた者たちが、どうして神様の家族たちに出て来ることができるのか?今まで、来て、啓示の御言葉を聞いても新天地に出て来られなかった者たちは、プロテスタントの牧者たちであった。彼らがルカ13章のように、訪ねて来て哀願する時が見ものだろう。その時は、天国の門が閉じた後である。「その時に会おう。」その姿たちに。

 カトリックとプロテスタントが異端だとした新天地は、新約四福音書と啓示録の預言を加減せず、その実体までも精通している。よって、大衆の前で新約啓示録の全章を基準とした、公開聖書試験を受けてみれば、新天地が勝つ自信がある。初臨の時のエルサレムの牧者たちのように、約束の牧者を迫害し、新約啓示録を加減したカトリックとプロテスタントは、聖書の約束通りに天国に入れない。

 罪を犯したアダムの世界を回復するために、神様は6000年間働いて来られて、約2千年前、新約啓示録を預言され、神様の新しい国を創造されることを約束された。今日、啓示録成就の時代になり、神様の新しい国である12枝派が創造された。この12枝派に所属し、啓示録に精通すれば、天国に入れる。この言葉が聖書通りの真ではないのか?新約啓示録7章と14章の印を押された12枝派以外には、その誰も天国に入る者は1人もいない。これが新約啓示録の約束である。アーメン。

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