私の信仰の告白

 



 私(約束の牧者)は神学校にも、教会にも通わなかった。そして、その誰にも伝道された事がない。ただイエス様が私に三回も来られて、私を選ばれて啓示録の事件を全て見せて下さり、見て聞いたそれを、諸教会に行ってあかししなさいと言われた。それゆえ、啓1章1-3節のように、啓22章8,16節のように諸教会に行って、私が見て聞いた事をあかしするのである。だから、このあかしはまことである。今のカトリックの神父たちやプロテスタントの牧師たちが、啓示録について自分がわかる事を聖徒たちにあかししているが、そのあかしは、まことではない。これが私の信仰の告白である。

 新約の啓示録の預言が、すべて完成されたら、すぐに審判が始まるだろう。私たちの前には、天国と地獄が置かれている。審判の時、救われる所は、啓7章の印を押された12枝派だけである。啓示録の事件は、腐敗した以前の天、以前の地が、ノアの時のように審判されてなくなり(啓6章)、啓7章のように、新しい国、新しい民族である新しい天、新しい地の創造、すなわち、収穫されて印を押された者たちで12枝派を創造する事である。彼らが、神様が新約に約束した印を押された12枝派であり、啓22章の、毎月、十二種の実を結ぶいのちの木である。見ても、聞いてもわからないので、どうして盲人、耳しいではないだろうか?わからなければ、偽りの言葉(非真理)で教えようとせずに、悔い改めて学ばなければならない。

 今の時は、聖書が言ったように信仰世界、すなわちキリスト教の末世である。それゆえ、キリスト教の世は、啓6章で太陽と月が暗くなって、星々が地に落ちるように終わった。なので、神様の種で再び生まれて、収穫されて、印を押されて、約束の新しい国12枝派に登録されなければならない。新約聖書で救われる所は唯一、一ヵ所、印を押された新天地12枝派だけである。

 啓4章で見た霊界の神様の御座は、啓7章、14章の印を押された12枝派がいる、ここに来ている。神様が来られて共にされる、印を押された12枝派、ここが啓示録成就の時の救いの箱舟であり、天国である。またここは毎月、十二種の実を結ぶいのちの木がある所である。万国が来て敬拝する所は、印を押された12枝派と神様の御座がある、啓7章と14-15章のここ、新天地イエス教証しの幕屋聖殿である。

 新天地(啓21章の新しい天、新しい地)とは、啓示録成就の以前の教会であるカトリックとプロテスタント、すなわち以前の天、以前の地ではない。彼らは収穫されて印を押されて創造された、新しい国、新しい民族である。以前の天、以前の地は、啓6章で審判されて終わり、新しい天、新しい地、すなわち新天地は、この事(啓6章の背教した選民の審判)の後、収穫されて印を押された12枝派を言ったのである。啓6章と7章のうち、キリスト教の皆さんは、どの所属なのか?なぜ、新約聖書の約束、すなわち新しい契約を信じないのか?

 神様とイエス様が、新しい事を始められた事が、啓7章の事件であり、印を押された144.000がいるここ(啓7,14章)に神様が来られて、共におられる事を見せてあげてもわからないのは、盲人だからである。霊的パトモス島に行って、目薬を買って、目に塗って見えるようにしなさい。そして、印を押されて、新しい信仰者になりなさい。啓示録を加減すれば天国に入れず、のろわれる。

 約束の牧者があかしする啓示の御言葉を聞いて信じて、印を押されて、新天地12枝派に所属されて、救われる事を祈る。

コメント