信仰者たちは二種類の法を守らなければならない。その一つは天の法であり、もう一つは地の法である。この二種類の法を知って守る事で、世に勝つ事ができるだろう。
神様が天地と万物を創造されて、また人を造られて、彼らに天地と万物を主管して守って治めなさいと言われた。それで、人が天地万物の主管者になった。人は自分をつくった神様に従順して、その御心通りするべきであった。しかし、人(アダム)が神様の御心に背いて罪を犯した。アダムが罪を犯した後、この世は罪悪の世に変質された。それでモーセの律法があるようになり、イエス様の自由律法があるようになった。これが天の法である。自由律法は、動物や草木のように自由なものである。誰かに拘束されるのではなく、自律的に守る法である。自由律法を守る事で平和が成し遂げられる。自由律法の中に天国があり、天国の中に自由律法がある。
天の法の中には神様の約束の御言葉があり、この御言葉を守る事が天の法を守る事になる。天の法と地の法、この二種類を守ろうとするので、とても大変である。それでも守らなければならない。
選民が腐敗してアダムとエバのように、啓6章の天民たちのように約束した法に背けば、天国から追い出される。マタ8章12節のように。それで啓6章の背教した選民の審判の後、啓7章で再創造(12枝派)が始まる。啓6章と7章で見たところ、啓6章の一つの時代が腐敗する事によって終わり、再び啓7章で印を押された者たちで12枝派が創造された。
今日プロテスタントの教徒たちが、新天地が啓示録通り、はんこを押したように創造された事を見てもわからないのは、盲人であり、耳しいだからである。プロテスタントの教徒たちがわからないので、水をかけるように迫害をぶちまける中でも、新天地は変わる事なく、急行列車のように力強く走って急成長している。
啓4章には、神様と天国がこの地に来られると言われ、啓14章と15章には、神様の御座が印を押された12枝派に来られる事がわかる。様々な宗教人たちと預言者たちが言ったように、啓7章の印を押された12枝派に神様と天国が来られて、啓示録を成し遂げられた。啓示録が成し遂げられた事をあかしする啓示の御言葉が、今日守るべき天の法である。
信仰者は天の法と地の法、二種類を全て守らなければならない。特に今日の信仰者たちは、天の法である啓示の御言葉を守ってこそ、来られる神様と天国を迎える事ができる。アーメン。

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