啓示録で見た救いを受ける者

 



 啓示録を加減すると天国に入れず災い(のろい)を受けると言われた(啓22:18‐19)。啓示録の預言が全て成就すれば、その時終わりが来て、裁きが始まると言われた。多くの信仰者たちが、今は啓示録について知らないので何の心配もしていないが、啓示録が全て成就すれば、その時は裁きを逃れられないだろう。

 裁きの時には、啓示録成就の現場で見て聞いた12枝派長たちと、イエス様の12弟子の霊たちが一緒になって12枝派に分かれて審判し(マタ19:28)、聖徒たちは自分の行いに応じて、裁きを受けることになる。この時、啓示録全章の事件を見れなかった不信者たちは該当しない。全部見て聞いたのに信じられなかった者が該当する。加減できない啓示録の事件を全て見た約束の牧師が、これを証ししてきた為だ。創世期で見たところ、アダムとエバはいのちの木と善悪を知る木の実について、説明を聞いても蛇の惑わしを受けて善悪を知る木の実を食べて死んだ。

 裁きの時聖徒たちは、背教者、滅亡者、救い主、この三つの所属に区分され、裁きを受けるだろう。加減できない啓示録が成就しても、知ることも信じることもできない者たちが、どうして真の信仰者だと言えるだろうか?初臨の時イエス様が、旧約を全て成された事を見て聞いても、当時のユダヤ教の牧師たちが信じられなかったように、今日主の再臨の時もまた、プロテスタントの牧師たちが、啓示録の成就の実状の証しを見て聞いても、また信じられなかった。不信と驕慢を捨てられないなら、何によっても悟らせることは出来ないだろう。

 今日啓6章の選民の背教と滅亡の事の後に、啓7章、14章のように印を押され創造された新天地聖徒たちは、啓示録の預言とこの預言が成就されて現れた実体まで全て知っているし、誰が信じて、誰が信じなかったのかについて全て知っている。そして、信仰の確認のために、新天地は宣教センターでも、教会でも、聖書啓示録を基準に印を押された確認試験を頻繁にしている。試験でよく分からないことがあったら、すぐに宣教センターの講師や教会の担任が教えてくれる。だから新約の啓示録だけは、全聖徒がみんな100パーセント悟れるように心に刻んでくれている。なので、全世界で啓示録に関する知識については、新天地に勝てる者はいない。

 地球村のキリスト教の皆さん、啓示録を加減しなかったか?加減したなら天国に入れない。新天地の印を押された聖徒たちは、新約啓示録にみんな精通している。「私は本当に新約啓示録に精通し、加減することなく信じ守っているのか?印を押された確認試験に合格したのか?そして、新約啓示録通りに創造されたのか?」を確認しなければならない。これが、啓示の御言葉で再び生まれることだ。だから、新天地は聖書の試験を頻繁にする。また、啓示録を加減すると天国に入れず、災いを受けると言われたので、天国に入るために、啓示録を基準とした聖書の試験を頻繫に受けているのだ。

 約束の御言葉と啓示の御言葉を心に刻み、歩く聖書の本になろう。信仰と御言葉は他の誰かの為のものではなく、自分の為のものだ。考えてみれば、啓示録に対する知識は、この世の中で新天地が最も先頭にたっているだろう。これは、聖書の試験で確認してみれば分かるだろう。

 「私は新約啓示録が言う誰なのか?新約啓示録の通りに創造されたのか?」を確認してみたのか?約束の御言葉と啓示の御言葉で再び生まれ、希望する天国に至る者になろう。このような者が啓示録で見た、救いを受ける者だ。

 新約聖書啓示録が成就したことを見ても、知ることも信じることもできず、加減した者がこの啓示録の成就の時にどうして救われるというのか?啓示録を信じられず、精通することが出来なければ、決して救われない。これは啓22:18‐19節の約束だ。新天地は精通し、毎月12種の実がなるいのちの木になった。啓22:1‐5節には毎月12種の実がなるいのちの木がある。なぜ見てもわからないのか?目薬を買って目に塗ってみなさい(啓3:18)。啓3章14‐22節を信じなさい。

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