イザヤ5章では良いぶどうの木を植えたのに、酸いぶどうができたと言われ、このぶどうの木をイスラエルの人々だと言った。良いぶどうの木はいのちの木であり、酸いぶどうの木は善悪の木であり、酸いぶどうは善悪の木の実である。
いのちの木の実を食べると永遠に生き(創3:22)、善悪の木の実を食べると死ぬ(創2:17)と仰った。また啓示録では、毎月12種の実を結ぶいのちの木があると仰った。これを見たことがあるのか?キリスト教徒たちは、いのちの木と善悪の木の実を知っているのか?これを知らないなら、食べてもその事実を知らないままだろう。新天地は、この2種類の木とその実の実体をよく知っている。
主の再臨の時であり、啓示録成就の時である今日、キリスト教の牧者たちが、新約聖書の啓示録について、あまりにも知らなさすぎる。そして新約啓示録を加減した。初臨の時のイエス様は、盲人である手引する人が、盲人を手引きするなら、2人とも穴に落ちると仰った(マタ15:14)。
今日、新約啓示録を加減した者たちは、カトリックとプロテスタントである。彼らが自分たちの過ちを隠すために、啓示録に精通する新天地に異端だと言った。これは初臨の時、聖書に無知な者たちがイエス様に異端だと言ったことと同じだ。誰が真の異端なのかは、啓示録の基準で聖書の試験を受けてみれば分かるだろう。しかし、なぜプロテスタントとカトリックは、新天地が提案した聖書試験に応えないのか?
新天地はカトリックとプロテスタントにすでに真理で勝ち、これからも勝つ自信がある。カトリックとプロテスタントはすべてが皆、新約啓示録を加減した。よって、天国に入れない。新天地は新約啓示録の公開試験で、カトリックとプロテスタントに、千回万回勝つ自信がある。神学博士、牧師たちと試験を受けても新天地が勝つ。これが真理で勝つことであり、新天地にイエス様と神様が共にされている証しである。
新約啓示録を加減すれば天国に入れず、呪い(災害)を受けると仰った。教会の担任たち、センターの講師たちは、聖徒たちを印を押される確認試験に100%合格させる自信があるのか?まず、自分自身が100%合格する実力を備えた後、聖徒たちを教えなけらばならないだろう。印を押される確認試験は遊びではない。天国と地獄に関することである。
いのちの木と善悪の木の実体は、それぞれ「神様と神様の牧者とその組織」と「悪魔と悪魔の牧者とその組織」である。その実は、木である牧者が伝える言葉であり、その言葉で結んだ(伝道された)人である。新天地は、毎月12種類の実を結ぶいのちの木であり、新天地が証しする啓示の御言葉がいのちの木の実である。新天地が証しするいのちの木の実を食べて、啓示録に精通して天国に入るようにしよう。アーメン

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